第47話『完璧なパンツ、香りのない愛』
「――この布で、真実がわかります」
つばさはそう言って、パンツを取り出した。
淡いミント色のボクサーショーツ。
レースでもフリルでもない、機能性特化のシンプル設計。
ただし、彼女が誇るのは――その“香りのなさ”だった。
「今回は、クエン酸洗浄法を導入しました。
殺菌・消臭・中和、全てにおいて完璧。
この布には、香りも菌も、一切残っていません。」
部屋に一瞬、沈黙が落ちる。
吊るされたそのパンツは、清潔だった。
見た目も整っていて、糸のほつれもない。
シワもなく、張りもある。
まさに“完璧な一枚”。
だが――誰も、近寄ろうとしなかった。
「……誰のパンツ、これ?」
みずきがぽつりと聞いた。
「私のです」
つばさは即答する。
「でも……なんか、わかんない」
ことりが呟いた。
「じゃあ、嗅いでみますね」
くるみが前に出る。
パンツに近づき、静かに、
慎重に、
愛おしむように鼻を近づける。
そして。
「……なにも感じない」
「これは……空白です」
くるみは、すごくつらそうな顔でそう言った。
「香りの記憶も、しみも、羞恥も、恋しさも、全部……洗い流されてる」
「待って、なにその表現こわい……」
ことりが青ざめる。
「布としては最高なのに……」
みずきが苦笑いする。
「なのに、なんか、めっちゃ……悲しい」
「なぜですか」
つばさが眉をひそめた。
「布とは、汚れを落としてこそ本来の姿を取り戻すもの。
恋心と柔軟剤を重ねるなんて、非科学的です。」
全員が沈黙した。
彼女の言っていることは正しい。
でも、どこかが違う。
俺は、ロープに吊るされた“無臭パンツ”を見上げる。
確かに清潔で、整っていて、ちゃんと乾いている。
でも――“何も語りかけてこない”。
俺は、ぽつりと呟いた。
「……なんか、物足りねぇな」
パンツが、ただの布になった瞬間だった。
悠真のモノローグ
匂いがない。
しみもない。
ただの布。
それが“完璧”だって言われても……
俺は、そこに誰かの気持ちを感じたいんだよ。