第41話 『“この匂い、好き”って言ってくれたから──新ヒロイン登場』
翌朝。
目を覚ました瞬間、俺の鼻に“酸味と湿気のブレンド”が襲いかかってきた。
ムッとする部屋の空気。
寝返りを打つたび、ふわっと漂ってくるのは、洗濯しきれなかった女の子たちの“生活の香り”。
視界に飛び込むのは、部屋を横断するように張られたロープ。
そこに吊るされているのは――パンツ。パンツ。パンツ。
総数、十四枚。
レースあり、メッシュあり、吸汗速乾、紐、ボクサー、ハイレグ。
すでに“俺の部屋”ではなかった。
ここは**布と湿気と匂いの迷宮**だ。
柔軟剤の香りは、もう役目を終えていた。
その奥から滲み出しているのは、
酸っぱい湿気、生温かい綿繊維、そして微細なアンモニア分子。
かすかに腐った葉のような、
雨に濡れた体育館のマットのような、
“嗅ぎたくないのに、なぜか脳に残る”――そんな香り。
みずき:「……これもうさ、避難っていうか、“湿気合宿”だよね」
レナ:「パンツと太ももがさ、夜中にまた大喧嘩した。湿気と擦れで地獄」
つばさ:「抗菌パンツでも……匂いが“生まれて”しまうとは……想定外でした」
ことり:「でも……みんなのパンツと一緒に並んでると……ちょっと……安心するの」
セシリア:「湿れば湿るほど……恋って、熟していくのよね」
そして、その時だった。
コンコン。
ドアの向こうからノック音がした。
「宅配? いやもうパンツは……在庫過多だぞ……?」
ドアを開けた瞬間、
空気が変わった。
そこに立っていたのは――
傘を差した、細身の少女。
ふわっと広がる紅茶色のセミロング。
制服の襟元には、小瓶に入ったラベンダーの香油。
雨に濡れたスカートの裾から、ほんのり湿気が立ち上っていた。
けれどその香りは、
この部屋に満ちた“生乾き”とは別次元の、**“研ぎ澄まされた香気”**だった。
「……転校生の香坂くるみです。
今日からこの学校に通います。……そして」
彼女は、俺の背後――パンツ密林に目を細めると、こう言った。
「それ、あなたが干したパンツですよね?」
「…………は……は?(なんて???)」
くるみは靴を脱ぎ、すっと入室した。
そして――パンツの香りに、顔を近づけ始めた。
レース、紐、ボクサー、メッシュ……。
ひとつずつ、まるで宝石を選ぶみたいに、
静かに、丁寧に、鼻を近づけて吸い込む。
その姿は、変態というよりもむしろ、研究者のそれだった。
「この……酸味があるの。
多分、昨日から干してあるやつ。柔軟剤の香りがかすれてるけど、奥に“安心”が残ってる」
「これは……ちょっと濃いめ。羞恥と、甘えと、たぶん“曖昧な期待”の匂い」
「こっちは……洗い直してないね。奥の布層に“葛藤”が沈んでる。……すごく、切ない香り」
ヒロインたち:「…………え?」
みずき:「ちょ……それ……今の……私の……」
ことり:「や、やめて……そんなにハッキリ言わないで……!!」
つばさ:「観察データが……嗅覚に負けた……」
しおり:「これは……観察じゃない。“読んでる”んだ……布から……感情を……」
くるみの目は、どこまでも澄んでいた。
嗅いでいるのに、まるで見透かしているようだった。
そして彼女は最後に、俺の手元の、謎の赤レースに顔を寄せた。
「……これ、私のです。
昨日の夕方……台風の風で飛ばされちゃって。
ベランダに入っちゃったの。……でも、拾ってくれてありがとう」
「い、いえいえいえいえ、あの……光栄というか……!」
くるみは、静かに微笑んだ。
けれどその笑顔は、どこまでも“本気”だった。
「……この匂い、好きです。
あなたが干してくれた後の、この感じ。
ちゃんと、気持ちが軽くなってる。匂いでわかるの」
パンツの匂いが、
“恥ずかしいもの”じゃなくなった。
この瞬間から――**“想いを運ぶ布”**になった。
悠真のモノローグ
彼女は、匂いで心を読む。
柔軟剤の香りじゃない。
雨と、体温と、乾かしきれなかった恋の成分を――
鼻ひとつで、すべて解いてしまう。
そんな彼女が、
俺の干したパンツを「好き」って言ってくれたんだ。