第40話 『台風、接近中。布たちの避難命令』
午後六時三十分。
窓ガラスの向こうでは、風がざわざわと唸り始めていた。
空はどこまでも灰色で、どこまでも重くて、
世界そのものが“水気を孕んだ布”みたいに見えた。
ニュースキャスターが深刻な顔で告げる。
「本日深夜にかけて、関東地方へ台風が直撃する見込みです。
停電や断水への備えを――」
「停電……? ってことは……乾燥機、死ぬ!?」
俺――白井悠真は、食パンを口に咥えたまま立ち上がる。
そして、すぐに部屋の洗濯ロープへ駆け寄った。
レース、メッシュ、ボクサー、紐、抗菌、ハイレグ。
布たちがまだ湿っている。
このタイミングで風も熱も奪われたら――完全に“腐る”。
「……これは、パンツ危機だ」
そうつぶやいた俺の脳裏に、ひとつの使命が走った。
「パンツだけは守るぞ……!!」
このセリフが口から出るまでに、1秒もかからなかった。
その直後、ピンポーン――という呼び鈴とともに、
6人の布持ちヒロインたちが、順に押しかけてくることになるとは……
この時点では、まだ知らなかったのだ。
◆ 18:45 最初の訪問者:ことり
「……停電になるかもしれないってニュース見て……。
私のパンツ……悠真くんちのほうが、きっと安全かなって……」
大きめの紙袋を抱えた彼女は、ほのかに赤面していた。
袋の中身は、ジップロックで丁寧に密封された白レースたち。
「まるで布の避難民だな……」
◆ 18:57 二人目:みずき
「よぉ、避難所。パンツの」
「言い方ぁぁぁ!!」
「なに? 湿ってんのは布だけだと思ってんの? 心も蒸れてるよ、女子は」
やたら爽やかな顔で語りながら、
みずきはビニール袋を開き、中から星柄のメッシュパンツ4枚を取り出した。
「……見せるな、スライドショー形式で出すな!!」
◆ 19:12 三人目:レナ(※明らかに不機嫌)
「ムリ!マジ無理!ムレ感が限界なんだけどォォォ!?」
玄関のドアを開けた瞬間、まるで爆弾のような叫び。
「今日一日パンツと太ももが別れ話してるレベルで擦れたし、
マジでこのままだと布カビて共倒れエンドなんだけど!? 助けて!布の騎士様!!」
◆ 19:20 四人目:つばさ(布考察ノートを手に)
「“パンツの湿度による精神的不快指数の上昇”を記録するため、観察対象を移送します」
「お、おう……?」
抗菌パンツ×5と、乾燥データ×3を手にやって来た理系ヒロイン。
持ってきたバッグから、パンツを一枚ずつ広げる仕草が妙にプロっぽくて怖い。
◆ 19:30 五人目:しおり(静かに無言で登場)
玄関を開けると、無言で差し出されたのは……紺色の防水布バッグ。
中には、干せなかった黒レース&ハイレグたち。
彼女はただ一言だけ、ぽつりと呟く。
「……観察、続けていい……?」
……この部屋でパンツ観察日記が続行される未来が決定された瞬間であった。
◆ 19:45 六人目:セシリア(傘なし、びしょ濡れ)
「ごめんなさい、傘……風に飛ばされちゃって。
でも、“濡れた状態”で来たかったの」
「え、え? なに言ってんの??」
真っ赤な紐パン1枚だけを布巾に包み、
彼女はいつものように微笑んで言った。
「恋も、パンツも、乾く前がいちばん美しいのよ。」
こうして、パンツたちとヒロインたちの“緊急同棲避難”が始まった。
部屋には、吊るされた布、湿った匂い、
そして――羞恥の空気が立ち込めていた。
俺のモノローグ:
これはもう、パンツの洪水。
窓の外も、俺の部屋の中も、
台風で揺れてるのは**“風”だけじゃない――**
きっとこの夜、誰かの心も……濡れたままになる。