第38話 『この想い、干しきれるかな──六人目の布と夏の終わり』
帰りのバス。
窓の外には、ゆるやかに下り坂を描く山道と、遠ざかる雲。
合宿が終わったはずなのに、
バスの空気はなぜか“終わっていない”匂いがしていた。
車内の一角、
ヒロインたちはそれぞれの座席で静かに余韻を抱いていた。
ことりは、窓にもたれながらうとうとし、
みずきはスマホでパンツ干し写真をチェックし、
レナは自分の荷物にそっと手を当て、
つばさはメモ帳に“パンツ乾燥率と感情推移”を記録し、
ほのかは頬を染めながら悠真の背中を見つめ――
そして、セシリアは、窓際で紅い光を受けていた。
誰かがふと息を吐くように、言葉を落とす。
「……保存布って、心を包むためのものなのかもね」
その声は、しおりだった。
みんなが、少しだけ笑った。
あの日、干したパンツたちはもう布ではなかった。
あれは、“私”だった。
昨日の想い、恥ずかしさ、恋しさ、全部――あの布に染み込んでいた。
セシリアが、静かに振り返る。
窓の外、差し込む陽光に手をかざしながら、
まるで風そのものに語りかけるように、
優しく、でも確かに囁いた。
「ねえ、白井くん」
「……ん?」
「また、干してくれる?」
「……え?」
「パンツじゃなくて――わたしの恋を」
その言葉に、誰もが息を呑んだ。
恋を干すなんて。
けれど、それはこの合宿で、
俺たちが確かに積み重ねてきた“儀式”だった。
それは、濡れた心をそっと風に晒して、
誰かの手で、丁寧に留めてもらうということ。
“恥ずかしいままじゃない私”になるために、
勇気を乾かすための行為だった。
バスが止まり、駅前に到着する。
解散の挨拶と、ささやかな別れの言葉たち。
だけど、誰の表情にも、ちょっとだけ“後ろ髪”が揺れていた。
そして――その夜。
白井悠真のアパート。
洗濯機の音が止まり、
バスタオルの上に置かれたひとつの袋がそっと開かれる。
中に入っていたのは、赤い、極細の紐パンツ。
差し込む月光のもと、
ベランダに張られた小さなロープに、
それが、ひときわ目立つ形で――
風に揺れていた。
6枚目の布たちとは明らかに違う存在。
これは“新しいパンツ”でも、“帰ってきたパンツ”でもない。
新たな恋の布。
風が吹き、赤がそっと揺れる。
誰にもまだ見られていない。
でもいつか、“見てほしい”と願うように、
その布は、静かに乾こうとしていた。
エピローグ:悠真のモノローグ
パンツは、思ってたよりずっと、心に近い。
布だって、濡れるし、重くなるし、迷うし、風に揺れる。
でも、干してもらえたら――
少しずつ乾いて、また、好きになれる。
そういう想いも、あるんだなって。




