第37話『干されて揺れる、パンツと私たち』
合宿最終日、午前七時。
山の空気は澄み渡り、ひんやりとした冷気の中に、
少しだけ、夏の名残りが混じっていた。
朝日が、静かに差し込む。
ロッジの裏――
丸太梁に渡された洗濯ロープ。
そこに今、6枚のパンツたちが整然と揺れていた。
ことりの白レース。
繊細な刺繍が陽を受けて、ほのかに透ける。
乙女の羞恥と、そっと出した勇気の痕跡が宿る。
みずきの星柄メッシュ。
干されながらも自己主張を忘れず、風にぱたつく様子は、
まるで「見てよね!」と語りかけるようで。
レナの黒金ボクサー。
シンプルな中にこだわりが光る、強さと照れの混在布。
乾ききらない端に、少しだけ心の滲みが残っていた。
つばさの抗菌構造パンツ。
形状記憶と通気技術の結晶でありながら、
“選ばれたくて干された”その感情だけは、科学じゃ測れない。
しおりのハイレグレース。
かつて“観察者”だった少女が、今は“見せる”勇気を持った証。
揺れる布の向こうで、彼女のまなざしも、やわらかく変わっていた。
――そして、セシリアの赤紐パン。
きらめく朝光を受けながら、
まるで、風そのものをまとっているように。
彼女の過去と恋が、その線に絡みつくように踊っていた。
そのすべてを、
丁寧に並べ、ピンチで留め、風の流れを見計らって干していたのは――
もちろん、俺。白井悠真。
もはや誰も驚かない。
これが、“いつもの光景”になってしまったのだから。
「今日は、風がちょうどいいな」
「しみがよく乾く日だね」
「……その言い方やめてくれってば!!」
すると、ことりがぽつりと、空を見上げてつぶやいた。
「……ねえ。今日のパンツって、昨日の私なんだね」
「えっ?」
彼女は照れくさそうに笑いながら、
でもどこか誇らしげに、布たちを見つめていた。
「ほら。昨日の想いとか、ちょっとした勇気とか、
恥ずかしさとか――
ぜんぶ、この布に残ってる気がして」
その言葉に、みんなが黙り、
パンツたちの揺れを見つめ始める。
そして――ひとりずつ、口を開いた。
◆ みずき:「あたしの星柄、たぶんさ……“私を見て”って気持ち、出てるよね。今日だけは絶対見てって」
◆ レナ:「黒だし目立たないつもりだったのに……
なんかこう、逆に見られそうって思ったら、朝からずっと変な気分だったわ」
◆ つばさ:「私のは機能的だけど、
“誰に干されるか”で乾き方って違うんじゃないかって、昨日初めて考えたんです」
◆ しおり:「……見せるの、怖かったけど……
でも、“誰かに見てほしい”って、初めて思えたから」
◆ セシリア:「この布で、私の恋を……ちゃんと乾かして」
セシリアは、赤い紐パンを見上げながら微笑んだ。
その目は、遠いどこかじゃなく、確かに“今”を見ていた。
「悠真くん。お願い……この布で、私の恋を乾かして」
俺は、何も言わずにうなずいた。
干されたパンツたちは、もう“ただの布”じゃなかった。
感情が、想い出が、
羞恥も恋も、ぎゅっとしみ込んでいて。
風が、吹いた。
レースが揺れ、メッシュが跳ね、
抗菌布がたわみ、ボクサーが踊り、
ハイレグがしなやかにきらめき、
そして――紐が、鮮やかに空を切る。
布たちは、何かを語っていた。
「私は、誰かの心に触れた布だよ」
「昨日、恥ずかしかった。けど、ちょっと誇らしかったよ」
「もう濡れてないけど……でもね、ちゃんと乾いたよ」
悠真のモノローグ
パンツって、本当に不思議だ。
たかが下着。されど下着。
“洗って、干して、乾かす”――それだけなのに。
気がつけば、
それは俺たちの関係や、想い出や、恋心までも吸い取って、
“保存布”になっていたんだ。
きっとこの6枚は、俺の青春そのものだ。
まだ乾ききらない、でも確かに進んでいる青春の、証だ。
そして、ラストのシーン。
風に揺れる6枚のパンツたちの中に――
ひとつだけ、“しっとりと濡れている布”が残っていた。
誰のかは、まだわからない。
でも、それがまだ乾いていないということは、
この物語は――
まだ終わっていないということなのだ。