第36話 『濡れたままの心──セシリア、パンツを干さなくなる』
三日目の昼下がり。
山小屋ロッジの梁に渡したパンツライン。
そこに――一本、紐パンがない。
「……あれ? セシリアの、干してなくないか?」
悠真の問いかけに、他のヒロインたちも顔を見合わせる。
「たしかに。いつも“風に揺れるのが文化”とか言ってたくせに……」
「今日は干してないなんて、らしくない……」
その時。
ロッジの裏手、林に囲まれた静かなベンチで、
セシリアは、膝の上に赤い紐パンを乗せていた。
湿ったままの布を、優しく撫でながら。
「セシリア……干さないの?」
声をかけると、彼女はふと微笑んだ。
けれど、それはいつもの“誘惑的な笑み”じゃなかった。
「……乾かなくていいの。濡れたままのほうが、忘れられないから」
「忘れられない?」
彼女は、指で紐をそっと巻き取りながら、話し始めた。
「小さい頃、日本に来たばかりの頃ね。
制服も、言葉も、食べ物も、全部違って……息が詰まりそうだった」
「……」
「でも、ひとりだけ、笑ってくれた子がいたの。
“外人ってパンツも派手なんだな”って、冗談まじりに……。
……それが、初めての恋だったのよ」
「でもその子、私の洗濯物を、クラスに晒したの。
“すっげー!ヒモじゃん!えろっ!”って、笑いながら……」
セシリアの声が、少し震えた。
「そこから、誰も私を“人”として見てくれなかった。
“パンツ”で、私を定義されたの。……布の面積で、感情が決められた」
「だから、干さないの。
この紐が濡れてる間だけは、誰にも笑われない気がするの。
“あの時のまま”でいられるから」
悠真は、しばらく黙っていた。
風が、木々の葉をさらりと鳴らす。
そして、そっと手を伸ばして――
濡れたままの赤い紐パンを、受け取った。
「だったら、俺が干すよ」
「……え?」
「お前の記憶ごと、風に当ててやる。
もう笑われるんじゃなくて、“ちゃんと乾かす”ために。
“パンツ干し係”だからな、俺」
セシリアは、一瞬だけぽかんとして、
それから、ふっと目を伏せて笑った。
「……ほんとに、変な子」
夕方。
ロッジの梁に、ひとつの紐パンが干された。
赤い。細い。濡れていたものが、今は、風に揺れている。
その光景を見て、
ことりがそっとつぶやく。
「……今日のセシリア、すごく綺麗だったね」
レナ:「あいつも、布の中にちゃんと“心”あったんだな」
みずき:「もう敵とかじゃない、かも」
つばさ:「布による感情変化、観測完了、です」
そしてその日、ヒロインたちは初めて、
セシリアを“布バトルのライバル”ではなく、
“同じ布を揺らす仲間”として見た。




