第35話 『パンツの匂いと、布の記憶──干されぬ心のしみ』
三日目の朝、ロッジ内は湿気地獄だった。
「まじか……干したはずのパンツ、**ぜんっぜん乾いてない……」
みずきの嘆きが、朝の空気に染み渡る。
「ほら、これ……しっとりしてる……」
ことりはタオルの中で畳んでいたパンツをそっと出し、
その布地が**“まだ濡れている”音**を立てる。
「仕方ないな……室内干しに切り替えよう」
俺はパンツたちを丁寧にタオルで包み、
ロッジの天井梁に手製のロープを渡していった。
室内パンツ干しライン、発動。
レナのボクサーは相変わらず重厚。
つばさの高機能パンツは、縫い目まで整っていた。
ことりのレースは、微かに**“あの夜”のしっとりを残していた。**
……そして、香った。
「……あれ?」
干した瞬間、ひとつだけ、明らかに“香りが違う”パンツがあった。
それは、ほのかのものだった。
柔らかく、爽やかなはずの香りに、
どこか無機質な“違和感”があった。
「この香り……作られた匂いだ」
人工的。けれど、完成度が高い。
むしろ“完璧すぎる”香りだった。
そして、横から声が落ちた。
「いい香りね。でも……偽物」
セシリアだった。
紅茶を片手に、無表情でパンツを見つめていた。
「匂いって、感情がこもるものよ。
でもこれは、気持ちがない香り」
「……気持ちがないって……?」
ことりが不安げに問うと、
セシリアは微笑まずに続けた。
「たとえば“好きな人に見られるかも”って思いながら履いた下着には、
緊張と照れと、ちょっとした期待が宿るわ。
でも――この布には、何も乗ってない。
心を干してないのよ。」
ヒロインたちに、沈黙が走る。
そして、
ほのかが静かに立ち上がった。
「……ごめんね。
……あのパンツ、わたしじゃなくて……母が買ってきたものだったの。
自分で選んだわけじゃない。履いてて、ぜんぜん気持ちよくなかった……」
彼女の声は震えていた。
「“いい子でいなきゃ”って……そう思って、
誰にも見られないはずの下着にまで、気を使って……
でもそれじゃ、好きって思えないままだった……」
悠真は、そっとパンツに手を添え、言った。
「じゃあ、次は自分で選ぼう。
**誰かに見せるためじゃなくて、**自分の気持ちを干すために」
ほのかは、目元をぬぐって小さく笑った。
「……うん。次は、自分の香りがするパンツにする」
そしてパンツたちは、
梁の上で静かに揺れ続けた。
風はない。でも、想いは、動き出していた。




