第30話 『濡れたのは、布じゃなくて“心”だった──地雷女、涙の理由』
放課後の教室。
しおりは、ひとりポツンと立っていた。
ノートを抱え、うつむきながら、
誰とも目を合わせようとせず。
……その背中は、妙に小さく見えた。
俺は静かに近づく。
椅子を引いて、向かいの席に座った。
「しおり」
「……来ないでほしかったのに」
「でも、来た」
彼女は、かすかに笑った。
そして、そっと口を開いた。
「……昔ね、体育のとき。間に合わなかったの。トイレに」
ぽつぽつと語られる過去。
誰もが経験するかもしれない、でも決して軽くは語れない記憶。
「……濡らしちゃったスカート、笑われた。
パンツまで染みてて……でも、誰も庇ってくれなくて。
“汚い”って、机ごと遠ざけられた」
「…………」
「だから、パンツを……ちゃんと扱ってる人が、まぶしかった。
“干す”って、ただの行為じゃないって、白井くんを見てて……思った」
彼女は、抱えていたノートをぎゅっと強く握る。
「だから……見てたの。観察、なんて言ってたけど、本当は――」
「好き、だったから」
その言葉に、俺はそっと手を差し出す。
「しおり」
「…………」
「お前のパンツも、ちゃんと干してやるよ」
涙が、彼女の瞳に溜まった。
震える唇を噛みしめて、それでも、
「……私の“濡れた過去”も……洗ってくれるの?」
「当たり前だろ。俺、“パンツ干し係”だからな」
しおりの目から、
ぽろりと、ひとしずくがこぼれ落ちた。
そして、教室のドアが開く。
「……もう、言ってあげなよ、素直に」
ことりだった。
「私たちもさ、最初は恥ずかしかったし、いろいろあったけど――
パンツって、干されることで強くなるんだよ。」
みずき:「あんた、濡れたまま終わりたくないんでしょ?」
レナ:「一回干して、風に揺れりゃ、ちょっとは前向けるぞ」
つばさ:「布は、繰り返し洗って干せば、想い出になります」
ほのか:「……いっしょに、干そう?」
しおりの表情が、ふっと緩んだ。
「……ありがとう」
その声は、小さく、でも確かに温かかった。
その夜。
悠真のベランダには、新たに6枚目のパンツが揺れていた。
白地に小さな紫のライン。
――それは、神堂しおりのパンツだった。
モノローグ(悠真)
乾いていく布には、
誰かの涙も、汗も、勇気も、全部しみ込んでる。
パンツは、心そのものなんだ。
俺はきっと、これからも干していく。
誰かの“濡れた想い”を、ちゃんと乾かすために。