第26話 『パンツは今日も乾いてる、でも私の気持ちはまだ濡れてる』
午後三時。
陽射しはやわらかくなり、風はほのかに甘い。
ベランダに干された五枚のパンツは、完全に乾いていた。
もう、しみはない。
匂いもない。
布地は軽く、風に揺れるたびサラリと踊っていた。
でも――俺はまだ、それを見つめていた。
この布たちに宿っていた、あの瞬間の“におい”と“体温”を。
そして、ヒロインたちの“あの表情”を。
「……ありがとう」
ことりが、一番に来て、
白地に桜柄のパンツを両手で抱えるように受け取った。
目は合わせないけど、顔はほんのり笑ってた。
「……ありがと。次回、またよろしくな」
みずきは、星柄パンツをぱんっと軽く叩いて、
それをスポーツバッグにしまった。
「洗い方、悪くなかったよ」
「いや、それは褒めていいのか?」
「褒めてる! ……たぶん」
レナは、何も言わず、
黒いボクサーを片手に掴んで帰ろうとしたが――
玄関で一度、立ち止まって振り返った。
「……干し方、覚えたから。……今度はうちでやる」
そして、すぐ目を逸らして出ていった。
(それ、今度俺ん家に呼ぶフラグじゃん……)
つばさは、紫のレースパンツを
まるで研究成果のように両手で掲げながら言った。
「非常に有意義な乾燥データが取れました。
また濡らして、また洗って、また干して、観察して――
つまり、繰り返したいです。」
「いやそのサイクル、俺にダメージくるんだけど……」
そして、最後に来たのは――ほのか。
静かに歩き、
ピンクのサテンパンツを見つめたまま、そっと言った。
「……あのパンツ、残していいですか?」
俺は、思わず聞き返していた。
「え……残すって?」
「なんとなく、まだ……あのときの気持ちを思い出せるから。
洗っても、乾いても、まだ……忘れたくないっていうか」
ほのかは、少し笑って、でもうつむいて。
「……部活のトロフィーみたいなもの、です」
そう言って、パンツを残したまま帰っていった。
ベランダには、たったひとつだけ残されたパンツ。
完全に乾いているのに――
なぜか、それだけは**“まだ湿っている”ように見えた。**
モノローグ(悠真)
パンツは乾いた。
匂いも、しみも、風に溶けて消えた。
けど――
心は、もう少しだけ……
濡れていたかったのかもしれない。
そう思った瞬間――
**カララ……**と、ベランダの引き戸が開いた。
「白井くん、これ……干しといてもらっていいですか?」
振り返ると、ことりが立っていた。
そして、差し出されたのは――
新しいパンツ。
昨日とは違う、リボンの色。
「……また、お願いしたくなっちゃった」
太陽の下、6枚目のパンツが揺れ始めた。
そして、俺は思う。
パンツの数だけ、しみがあって。
パンツの数だけ、恋がある。
……たぶん、俺の青春は、このベランダから始まっていく。