第22話 『パンツと勝利のバトン──君のしみも、受け取った』
午後の空は少し霞んで、雲が広がっていた。
それでも熱気は冷めない。
全校注目の最終種目、混合全員リレー。
スタートラインに立つのは、学年の代表たち。
そして――アンカーに選ばれた、
斎宮ほのかは、今、静かに震えていた。
(お願い……お願いだから、持ちこたえて……)
太ももをぴたりと揃えて、
息を止めるようにして、ほのかは列に並ぶ。
緊張。
水分摂取の不足。
競技による振動ダメージ。
そして、何より――「出てしまったらどうしよう」という不安。
(もう……限界、かも……)
「……次、行くよ!」
バトンが渡る。
ほのかは、走り出す。
その瞬間――
「っ……!」
左足が地を蹴ったとき。
右足が着地したとき。
ふともも内側に、“あたたかい”ものが流れた。
その“ひとすじ”は、
汗に混じるには少しだけ濃くて。
呼吸のリズムに合わせて、少しずつ、スカートの奥へと広がっていく。
けれど――彼女は止まらなかった。
(まだ、走れる……!)
ただまっすぐに前を見て、
涙をこらえるように、バトンを握りしめて。
観客の声も、グラウンドの風も、全部、遠くに感じながら――
ほのかは、ゴールを駆け抜けた。
会場が沸き立つ中、
彼女は立ち止まり、ゆっくり呼吸を整える。
……その背後から、ひとりの少年が近づく。
「……お疲れ。すごく、頑張ったね」
悠真だった。
彼は何も言わず、
そっとタオルを取り出す。
そして、ほのかの腰にふわりと巻いた。
観客から見えないように。
風が揺らさないように。
彼女のスカートの下に広がった“証”を、やさしく包むように。
「……気づいてたの?」
ほのかが、かすれた声で尋ねる。
悠真は、小さくうなずいた。
「うん。でも、それは“失敗”じゃないと思ってる」
「……じゃあ、何……?」
「勇気のしみ。
怖かったのに、それでも走った、その証拠だよ」
ほのかの目に、
ひとすじの涙がこぼれた。
そして、タオルの中でぎゅっと拳を握ると――
「……ありがとう」
そう、震えながら呟いた。
その後、表彰式が終わったあと。
ヒロインたちはそれぞれの荷物を持ち寄って、教室に戻った。
「ねえ、白井」
「うん?」
「今日のパンツ、洗いに行こっか」
ことりがふっと微笑む。
みずきも笑った。
「しみだらけだけどな、全員」
「うるせぇわ!」
「でも、頑張った証だよね」
パンツは、布一枚じゃない。
それは、**努力、恥、想い、全部が詰まった“心の下着”**だった。