第15話 『パンツが消えた夜、誰かの涙』
その日、パンツ保管ボックスから――一枚のパンツが消えていた。
記録上は、No.3──
鬼咲レナの“黒レース・ショートタイプ”。
バイクも、爆音も、拳も、
すべてをぶつけてきた彼女の、唯一の“女の子の象徴”。
誰かが勝手に持ち出したのか?
それとも、本人が……?
そしてもうひとつの異変。
レナが、朝から学校に来なかった。
「具合でも悪いのかな……?」
「連絡もなしって、珍しいよね」
周囲がざわつく中、俺はただ、胸の奥がザワついて仕方なかった。
(……レナ。お前じゃないって、信じてるからな)
お前が、パンツを捨てるような奴じゃないって。
その夜。
俺は無意識に足を運んでいた。
誰もいないはずの、夜の校舎。
でも、聞こえてきたのは――水の音。
「……あれ……?」
音のする方へ、静かに歩く。
体育館裏の洗濯室。
その薄明かりの中で、誰かが洗濯機を動かしていた。
中にいたのは、
洗濯台に膝をつき、うつむいていた――レナだった。
髪はほどけ、肩は濡れ、
目元は真っ赤に腫れていた。
「……っ……ごし、ごし……まだ……まだクサい……!」
手にしていたのは――
例の黒レースのパンツ。
水に濡れたそれは、
どこか“罪悪感の重み”を纏っていた。
「……レナ?」
俺の声に、彼女はビクリと肩を震わせた。
そして、バツの悪そうな顔で、
絞るように言葉を吐いた。
「……朝起きたら……ちょっとだけ、出てた」
目を逸らして、震える声。
「布団の中で、あったかくてさ……夢の中でトイレ行ったつもりで……でも現実では……っ」
震える手でパンツを持ち上げる。
「ちょっとしか出てなかったのに、匂いがさ……残ってて。
好きな奴の前で、クサいパンツなんて見せたくなかったんだよ……!」
その言葉に、俺は、
ゆっくりと彼女の手からパンツを受け取った。
そして、そっと、微笑んだ。
「……大丈夫。
俺は、クサいパンツでも洗える男だから」
「ばっ……か!! 何言ってんの!?」
「お前の全部を……受け止めたいって、思っただけ」
レナの目に、また涙がにじんだ。
「……おしっこってさ」
「うん」
「出るの止められないじゃん。
恥ずかしいけど……止まらないのが、人間でさ。
だからきっと、“好きな気持ち”も、止められないんだよ」
言葉が、ゆっくり胸に沁みていく。
「……やっぱ、バカだわ。
そんなこと、言われたら……余計、好きになっちまう……じゃん」
その夜、二人で洗ったパンツは、
静かに、少し冷たい風の中に、吊るされた。
レナの手から、震えはもう消えていた。