第14話 『おねしょの記憶と、閉ざされた部室』
それは、春休みに一度だけ開催された**“文芸部お泊まり執筆合宿”**の名残だった。
誰が提案したかは覚えていない。
でも、放課後の学校に寝袋を持ち込んで、
みんなで小説や詩を書き、話して、笑って、夜を過ごした。
あれは、確かに楽しい時間だった。
けれど今――
あの夜に、何かが起きていた。
「開いてる……?」
図書室の隣にある旧文芸部部室の扉。
本来は鍵が掛けられているはずのその扉が、わずかに開いていた。
中に入った俺たちは、そこで――異変に気づく。
「……なんか、におわない?」
みずきが鼻をひくつかせる。
「……湿気っぽい、というか……」
「甘い……けど、どこかこう、“人の体臭に近い”ような……」
「尿素系ですね」
つばさが即答した。
床に転がる寝袋。
その中に、丁寧に折りたたまれたバスタオル。
つばさが手袋をはめ、慎重に持ち上げる。
タオルの中心部が――やや黄色く変色していた。
「ここ、明らかに“水分による染み”があります。
広がり方、色味、繊維の硬化具合……」
UVライトが当てられ、
そこには淡く、“放射状”ににじんだ光の痕跡。
「間違いありません。これは、おねしょの痕跡です。」
誰かが、あの夜――
ここで、おしっこを漏らしていた。
けれど、それを誰も言わなかった。
あるいは、忘れたふりをしていた。
「誰なの……?」
ことりが小さくつぶやく。
でも、その問いに答える者はいなかった。
レナは腕を組んで押し黙り、
みずきは妙に視線を泳がせ、
つばさだけが、真顔のまま前に出た。
「記録はあります。
この部屋に寝たのは、ことりさん、みずきさん、そして……レナさん。
私は自宅に帰っていました。白井くんは隣の図書室で仮眠を」
全員の視線が、三人のヒロインへと注がれる。
ことりが口を開く。
「わ、私……たしかに、あの夜、夢の中で、
トイレに行く夢を見てて……でも、ちゃんと目が覚めたもん!」
レナが低い声で呟く。
「うちは……その、夜は平気だ。子供の頃から、そういうのはなかった」
みずきが、ぎこちなく笑った。
「は、ははっ……ちょ、ちょっと待ってよ、そんなの、
たまたま置かれてただけじゃん!? 私たち、誰も……!」
けれど。
つばさは静かに一歩前に出て、決定的な言葉を告げた。
「パンツの管理記録には、合宿の翌朝、“下着を交換した痕跡”があります。
しかも、**“スカートの内側に小さなタオルを挟んで登校していた”**人物が一人だけ。
それは……」
「――やめて!!」
その声を上げたのは、みずきだった。
彼女は、下唇を噛んで震えていた。
「ちょっとだけ……ほんとに、ちょっとだけだったの。
夜中にトイレに行こうと思って起きたら、もう……出ちゃってて……」
ことりもレナも、驚いた顔をしていた。
みずきは、それでも目をそらさずに言った。
「濡れてたのは……バスタオルだけ。寝袋は……死守した……。
でも、情けなくて……恥ずかしくて……誰にも言えなかった……!」
「みずき……」
ことりがそっと隣に寄り、
レナが肩をぽんと叩いた。
つばさは頷く。
「“少しの失敗”は、思春期の自然な一部です。
……でも、“隠し続けること”の方が、苦しくなる」
みずきが涙目で俺の方を見た。
「白井……引いた?」
俺は、迷わず答えた。
「……俺、むしろちょっと、愛しくなった。
そんな姿、見せてもらえるのって……信頼されてるってことだろ?」
みずきはしばらく黙ってから、
ぷいっとそっぽを向き、
「バカ。変態。……でも、ありがと」
と、照れたように言った。