第12話 『疑惑の放課後トイレと、座れなかったヒロイン』
教室にて、放課後。
赤いサテンパンツの“おしっこ痕”事件が報じられてから数日。
俺たちは誰が持ち主なのかを探るべく、**ヒロインたちの“あの日の行動”**を順に確認することにした。
そして、まず名前が挙がったのは――
「私……ちょっとだけ、我慢してた日があったかも……」
ことりだった。
「……どの日かは、覚えてる?」
「たぶん、先週の火曜日。英語の小テストで、終わるまで行けなくて……」
そのときのことを思い出して、ことりは俯いた。
「気が散るのが嫌で、限界まで我慢してたの。でも……終わってすぐ行ったから、ちゃんと間に合ったよ」
「……間に合った“つもり”じゃなくて?」
「つもりじゃないもん……!」
頬をふくらませて否定することり。
けれど、耳の先が真っ赤だった。
「実は、あたしも……似たような日あったわ」
手を挙げたのは、レナ。
「掃除中にバケツ持って戻るとき、めっちゃ我慢しててさ。
でも、間に合った。ぎりっぎりで、下ろして……その、出た」
「その“下ろして”のタイミング、何秒の猶予があった?」
「2秒」
「セーフ……? いやもうアウトに近いセーフ!!」
「え、ちょっと待って、あたしも……あるある!」
今度はみずきが挙手。
「部活後にロッカーで着替えてたら、トイレ混んでてさ。
我慢の限界で個室入ったけど……」
顔を真っ赤にして、そっと言った。
「ちょっとだけ、制服の裾に、しみ……ついた……かも……」
どよめく室内。
「なんでこんなに“ギリギリトイレ事件”多発してんだこのクラス!?」
つばさが静かに、立ち上がった。
「では、調査記録を共有します」
彼女は、ノートを広げる。
「女子トイレ個室内の“座り方痕跡”および、“残り香記録”を、
4月3日〜現在まで、個別に記録してあります」
「お前どんな趣味してんだよォォォ!?」
「まずこちら、第三個室。使用者が座っていない形跡がある日が、先週の火曜日」
「……座ってない……?」
「便座にお尻が触れていないと、表面の湿度が下がらないのです。
その日、個室内の“香り”は強く残っており……
つまり“途中で出てしまった”と考えるのが自然です」
「“香りが残ってたから漏れた”って言い方やめてくれぇぇぇぇ!!!」
再び、ことりが震える声でつぶやいた。
「で、でも……本当に間に合ったと思ったんだよ……?
あのとき、ちょっとだけスカートの下が……ぬれてて……でも、まさかって……」
目元をおさえて、ことりは唇を噛んだ。
その背中が小さく見えた。
「……ことり」
俺は言った。
「仮に、漏らしてたとしてもさ。俺、気にしないから。
パンツがちょっと濡れてたって、スカートにシミがついてたって、俺は――」
ことりが顔をあげた。
「……ありがとう。でも、そういう優しさが……いちばん、心にくるんだよ」
そして。
つばさが、静かに結論を出す。
「現時点で“漏らしていた可能性が最も高いのは”――
ことりさんです。」
ヒロインたちの視線が、ことりに向く。
その中で、彼女は小さく頷いた。
「……うん。わたし、ほんとは気づいてた。
たぶん、あのとき……“ちょろっ”って、出ちゃってたんだと思う」
全員が、ことばを失った。
羞恥と、安堵と、ちょっとした笑いが、
混ざり合った空気が流れた。