第10話 『フォー・パンツ・アンサンブル──それぞれの香りと想い』
その日、俺の部屋は――異様な緊張感に包まれていた。
リビングのちゃぶ台を囲む4人の少女たち。
そして、その中央に置かれたのは――
パンツ保管ボックス(通称:P.B.B)。
柔軟剤の香りがふわっと漂い、
まるで宝石のように美しく畳まれた“下着たち”が、神聖に鎮座している。
「じゃ、始めましょうか。パンツ会議──」
仕切るのはつばさ。
完全に文学サークルの研究会みたいなノリになっていた。
一枚目:七瀬ことり
「……これ、私のです」
淡いピンクにさくら模様。柔らかい綿素材のしまパン。
「これは中三のとき、母と一緒に選んだ“新生活応援パンツ”で……。
高校生活、ちゃんとやっていけるようにって、背中押してもらった思い出があるの」
ことりがそっとパンツを撫でるその仕草に、誰もが神妙な顔になる。
「で、それを白井くんに……“洗って”もらって……」
「や、やめてその言い方ぁぁぁあ!!?」
二枚目:天野みずき
「これ、あたしの。白×水色の星柄。
試合前にゲン担ぎで履く用の“勝負パンツ”ってやつ」
「ゲン担ぎにパンツ……?」
「だって、泳ぎながら“お尻守られてる!”って思うと、集中できるじゃん?」
「そんな発想あんの!?」
みずきは照れ笑いしつつ、パンツをヒラッと振る。
「でも、洗ってくれたから……また履ける、って思った。なんか、気合入るっていうかさ……」
三枚目:鬼咲レナ
「……言わせんな、恥ずかしい」
黒レースの、かつて男子トイレに落ちていた伝説のパンツ。
「これは……“人生で初めて”自分で買ったパンツ。
バイク乗ってるとき、女っぽいの無縁だったけど……
これだけは、自分で“カッコいい”って思ったんだ」
言葉に、妙な迫力がある。
レナはパンツを胸に当てながら、ぼそっと呟く。
「それを拾って、洗って、干してくれたお前には……マジで、感謝してんだからな。
……一枚のパンツで、あたしの居場所ができた、って思えたから」
四枚目:常磐つばさ
「はい。これが、わたしの“薄紫総レース”です」
解説は3ページ分あるという話を遮り、要点だけまとめさせてもらった。
「素材はナイロンとポリウレタンのハイブリッド。
香りは“思春期男子の憧れ”ブレンド。干し方は45度斜め吊りで通気性重視」
「解説が専門誌レベルなんだけど!?」
「……でも、これは“初めて他人に見せたい”と思ったパンツです。
自分の“布の人格”を、誰かに認めてもらえたら、って……」
4人が語り終え、室内に静寂が訪れる。
俺はというと、ひとり頭を抱えていた。
(これ……俺が聞いていい話だった!?)
しかし、次の瞬間。
つばさの口から、爆弾が投下された。
「……ただ、ひとつ気になる点が」
「……なに?」
「白井くんが干していたパンツの中に、“わたしのじゃないもの”が一枚ありました。
持ち主のいない、謎の一枚が――混じってたんです」
「…………は?」
空気が凍る。
「ちょっと待って、それって……」
「誰のでもない……はずの、“赤いサテン素材のパンツ”。
ブランド品で、サイズはS。だけど、この場にいる誰のものでもない。」
「え、えっ、誰かの見間違いとかじゃなくて……?」
「違います。パンツに嘘はつきません」
「名言みたいに言うなぁああああ!!」
その場に、不穏な空気が流れる。
ことりは不安そうに、
みずきは半笑いで、
レナは一歩引いた距離で、
つばさだけが、瞳を輝かせていた。
「……これは、新たな“パンツ事件”の始まりかもしれませんね」
(やばい。次の刺客、もう近くまで来てる……!)