【第98話】 『汗にまみれて、恋を知る』
体育祭は、幕を閉じた。
熱気と歓声に包まれたグラウンド。
土と汗と涙の匂いが、空気中に重たく滞留している。
俺たちは、ぐったりと座り込みながら、
互いの顔を見合わせて、笑った。
ことりも、みずきも、レナも、つばさも、しおりも、ほのかも、くるみも、セシリアも。
みんな、汗だくで、髪も制服もぐしゃぐしゃだった。
顔なんて、砂と涙でぐちゃぐちゃだった。
だけど──誰よりも綺麗だった。
「はぁ、マジ、疲れた~……」
みずきが、頭からタオルを被りながら倒れ込む。
「これ以上汗かいたら、干からびる……」
レナがスカートの裾をパタパタ扇ぎながら呻く。
「ですが、汗量としては……例年比120%増加ですね……」
つばさが、地面に寝転がったまま、メガネを直す。
「みんな、よく頑張りました……」
しおりは小さく拍手をしながら、少しだけ潤んだ目で微笑んだ。
ほのかは、顔を真っ赤にしながら、何度もハンカチで汗を拭いていた。
くるみは、端の方で控えめにタオルをぎゅっと握りしめている。
セシリアは、汗でぺたぺたになったシャツを気にせず、誇らしげに胸を張っていた。
そして──
ことりは。
汗で髪が頬に張り付いたまま、
ぐしゃぐしゃの笑顔で、俺を見つめていた。
俺は、
胸の奥が熱くて、たまらなかった。
「なぁ、みんな。」
思わず、声に出していた。
全員が、俺を見た。
汗だくで、ぐちゃぐちゃで、でもまっすぐに。
だから俺も、
真っ直ぐに、言った。
「……汗も。涙も。どんなしみも。」
「全部、大好きだ。」
一瞬、世界が止まったようだった。
蝉の声も。
風の音も。
全部、消えた。
みんなの瞳だけが、俺を捉えていた。
ことりが、手で口元を押さえた。
みずきが、顔をそむけながら震えた。
レナが、両手で顔を覆った。
つばさが、メガネを外して目をこすった。
しおりが、胸に手を当てて小さくしゃくりあげた。
ほのかが、涙でぐしゃぐしゃになりながら微笑んだ。
くるみが、タオルを顔に押し当てたまま嗚咽を漏らした。
セシリアが、頬を伝う涙を隠そうともせず、静かに微笑んだ。
そして──
誰かが、泣きながら笑った。
それが合図みたいに、
みんなが、泣いた。
笑いながら、泣いた。
汗と涙で、ぐしゃぐしゃになりながら。
こんなにぐちゃぐちゃで、
こんなに不格好で、
それでも、誰よりも綺麗だった。
「ばか……」
ことりが、泣き笑いながら俺を叩いた。
「ずるいよ、そんなの……」
みずきが、拳で俺の肩を小突いた。
「うるせー……泣くじゃんかよ……」
レナが、真っ赤な目で叫んだ。
「統計的に……この感情は……幸福です……!」
つばさが、涙目で震えた声を上げた。
「……ありがとうございます。」
しおりが、そっとハンカチで目元を押さえた。
「白井くん……ありがとう……!」
ほのかが、声にならない声で囁いた。
「だいすき、です……」
くるみが、タオルの奥で呟いた。
「この汗も、この涙も、
あなたとだから、誇れるのよ。」
セシリアが、静かにそう言った。
俺は、何も言えなかった。
ただ、
ぐっと拳を握り締めて、
みんなの顔を、焼き付けるように見つめた。
最高だ。
こんなにも。
こんなにも、好きだ。
汗だって。
涙だって。
しみだって。
全部、全部、青春そのものだ。
全部、抱きしめたいって、心から思った。
――その夜。
夕暮れのベランダ。
大量の制服が、ロープに並んで揺れていた。
汗を吸い込んだシャツたち。
涙を滲ませたハンカチたち。
足元を支えたソックスたち。
全部、
全部、ここにあった。
どれも、少し湿っていて、
でも、太陽の残り香を吸いながら、
ゆっくりと、風に揺れていた。
俺は、洗濯ばさみをそっと止めながら、
静かに心の中で呟いた。
「これが、俺たちの恋だ。」
濡れて、汚れて、
でも、だからこそ愛しくて。
洗っても、干しても、
きっと全部は消えない。
この匂いも、
このしみも、
この温度も。
全部、俺たちの青春なんだ。
俺たちは、
まだ走り続ける。
まだ、汗をかき続ける。
まだ、恋を続ける。
──この、濡れた夏を。