第9話 『謎の洗濯物と、新たなるパンツの刺客』
日曜日の朝。
洗濯物を干そうとベランダに出た俺は、そこで“異変”に気づいた。
「……え、なにこれ。俺のじゃないんだけど……?」
干されたタオルの間に、ひらひらと揺れるそれ。
薄紫の総レースパンツ。
生地は極薄。フリル控えめ、繊細な花柄の刺繍入り。
明らかに“高級ランジェリー寄り”。
しかも、干し方が美しすぎる。端が揃い、ピンチが生地を痛めないよう絶妙な角度で留められていた。
「……だれだよ、こんな神干ししたの……」
思わず拝みたくなる干し方。
(まさか俺……パンツ保管ボックスがバレて、寄付され始めてるのか!?)
翌日、月曜。
昼休みの図書室。
静かに本を読んでいた少女が、俺の前に立った。
長めの前髪。猫背気味の姿勢。制服のスカートは少し長め。
文学少女然とした空気を漂わせるその子が、顔を上げて静かに言った。
「白井くん。……あの、パンツ……干してくれてありがとう」
「……!?!?!?!?」
彼女の名は――
常磐つばさ(ときわ・つばさ)。
クラスは隣。物静かで、ほとんど人と話さないと評判の女子。
でも、そんな彼女には裏の顔があった。
「わたし……“パンツ見聞録”というブログを運営しています」
「パンツ……見聞録?」
「はい。“下着は人格を映す鏡”という持論のもと、
様々な素材や香り、干し方やしわの付き方を記録してるんです。……趣味で」
思考が追いつかない。
でも、確かに昨日の干し方は、“愛”を感じた。
「白井くんの洗濯力、ものすごいです。
下着の輪郭が崩れていない、糸も伸びていない。干し方も丁寧。
……しかも、香りが“思春期男子の憧れ”でした」
「その表現、やめてくれ!!」
つばさは、俺に頭を下げた。
「お願いです。“素材と管理技術”の取材をさせてください。
あなたの……その、保管ボックスを、見せていただけませんか」
「ちょ、ちょっと待って!? パンツ保管ボックスを“見学”ってどういう事態!?」
「……あ、もちろん。
“個人情報に関わる布地”は匿名で処理します。ちゃんと匿名パンツとして扱うので」
「新ジャンル開拓しないでくれ!!!」
その日、俺の家のリビングにて。
「これはことりさんの“さくらとシャボン”ですね……柔らかくて、包み込まれるような香り。
みずきさんのは“スプラッシュサボン”、清涼感強め。繊維の反発も健康的で……」
つばさは、ガチの評論を始めていた。
しかも分析内容が全部当たってる。
(……この人、ただの変態じゃない。変態の中の専門家だ)
「でも……これは、違和感があります」
つばさが指差したのは――
黒レースのパンツ。
「この香り……保管環境が急に変化してます。
これは……誰かが、持ち出して、戻した痕跡です」
「な、なんだと……?」
(まさか……誰かが、こっそりパンツを……!?)
その夜、つばさは帰り際にこう言った。
「白井くん、わたし……この世界の“パンツの流通”を追ってるの。
もしよければ、これからも、あなたの管理記録を見せてください」
俺の青春は、
いつの間にか“取材対象”になっていた。