人嫌い(改)
部屋の中は、いわゆる"普通"ではなかった。
私がいる部屋は、引きこもりを続けてきた生活の影響で、ゴミが散らかり、窓も最近開けてなく、部屋の中は妙なモワッとした空気に包まれていた。
着替えもろくにせず、外に行くのはトイレの時だけという完全に引きこもり生活をしていた。
そんな私が唯一外とつながっていると感じたものは、インターネットで毎日しているチャットだった。
学校でのいじめが原因で、私は徐々に不登校となった。
友達も助けてくれる人もいない中で、インターネットのチャットで見つけた唯一の友達といえる存在ができた。
彼女/彼は、"カマイタチ"というハンドルネームで、私は"形無き者"という名前だった。
いつもと同じ時間、午後11時30分にカマイタチはいつものチャットルームに入った。
「こんにちは」
「こんにちわ」
私から挨拶をするのも、いつもと同じこと。
「今日は何してたの?」
「いつもと同じ。ねえ、面白いサイトってあった?」
「うん、ちょっと待ってて…」
いつもこんな感じだった。
ある日、私がチャットをしていると、一つの花の写真を出てきた。
「この写真は?」
「ヘクソカズラ。灸花ともいってね、実を潰したにおいがとてもくさいからそうつけられたっていう話が残ってるわ」
「でも、花はこんなにきれいなのに…」
朝顔よりも花は筒状になっていて、中心部が上から見て赤くなっている。
「人は、なんでも見かけで判断しないということよ。昔の人は、ね」
「今の人は…」
「見かけは8割。これは昔も変わってないわ。変わったのは、私たちがどうとらえているか、だけ」
カマイタチは、そう言ったが、わたしには信じることができなかった。
翌日、チャットにて。
他愛もない話をしばらくして、私は昨日のことをカマイタチに聞く事にした。
「ねえ、昨日の見かけって…」
「ずばり言ってもいい?」
カマイタチは私にそう聞いてきた。
「何?」
私は重要な気がして促す。
「見た目でいじめられたことがあるんじゃない?」
「何で分かるのよ」
「私も経験者だから」
カマイタチはそのあと、自身の体験を語りだした。
それによれば、周りと違うというだけでいじめを受け、そのためにその学校を辞めることにまで追い込まれたこと。
ただ、辞める直前にいじめをしていたやつら全員を教育委員会や教育関連の財団などに伝えて、圧力をかけさせたことなどを、全部話してくれた。
ただ、他の人にわからないように、私だけが読めるような隠れコメントにしていた。
「わかった?」
「うん、でも、なんで私に話して…?」
「言ったでしょ、私も同じだって。そんな感じがしただけ」
すぐに私も送る。
私が受けたいじめについて。
最初は些細な行き違いだった。
それが、どんどん尾ひれがついて私を追いこんでいったこと。
どこまでいっても、噂話だけしか信じてくれなかったこと。
私自身、いじめをやめてほしいと先生や生徒会などに働きかけたけど、誰も動いてくれなかったこと。
そのせいで、不登校になったこと。
今も学校に行く勇気が出ないことなど。
話せば話すだけ、なぜか心が軽くなっていくような気がした。
チャットの画面には、私もしたように相づちを打ってくれているカマイタチがいた。
「そうだったんだね」
「うん」
思わず画面の前で泣いてしまう。
やっと話せたという安心感や、共有している思いがあふれてきた。
「ねえ、前話したヤイトハナって覚えてる?」
「うん、ヘクソカズラのことでしょ」
「花言葉って調べてみた?」
「ううん」
「ヘクソカズラの花言葉は、"人嫌い"っていうのがあるんだけど、もうひとつ」
別の行に変えてから教えてくれた。
「"誤解を解きたい"っていうのもあるの」
それを聞いた時、私は些細な行き違いをした子のことを思い出した。
彼女は元気にしているんだろうか、誤解を解くといわれても困るけど、また、いじめられる前のように一緒になれるのかとか……
「ありがと、勇気わいてきた」
カマイタチ側から見れば、どういうことがわからないだろうと思ったが、帰ってきた言葉はこうだった。
「頑張って、あなたならできる。そんな気がする」
ただ、最後に一言だけ言ってきた。
「これだけは覚えていて」
それはある曲の一節らしい。
『明日が怖くても明後日があるから
「さよなら」は言わないよ
また会える彼日まで
歩き出そう』
[作者注;作詞/作曲/編曲:ラマーズP・唄:初音ミク・曲名:continued より抜粋]
それを聴いて、前へ踏み出そうと感じた。
私は、ありがとうと呟いて、パソコンの電源を落とした。