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キュ・キュ・ル・ク・キュ・ク・ル
木製の旧いベッドが軋んでいた。
キュ・キュ・ル・ク・キュ・ク・ル
ぼんやりした頭の中で、それが言葉となって聞こえてくる。
キュ・モ・テ・ク・キュ・ロ・ル
何だろう?
キュ・モ・テ・ニ・キュ・ロ・ヨ
鼠か虫の鳴き声?
キュ・モ・テ・ニ・デ・ロ・ヨ
小人の言葉?
オ・モ・テ・ニ・デ・ロ・ヨ
だが、ぼんやりした頭は、なかなかそれを認識しない。薄い香水と汗の匂い。粘液と唾液の滑り。舌の感触と荒い息遣い。繰り返される単調なリズムのうちに、ふいにそれがずっしりした存在感を持って頭の中で形を選ぶ。
オ・モ・テ・ニ・デ・ロ・ヨ
キュ・キュ・テ・ク・キュ・ロ・ロ
しかし瞬間、それは形を崩す。まるで、選ばれなかった未来のように……。
キュ・キュ・テ・ク・キュ・ク・ル
キュ・コ・マ・ク・キュ・テ・ル
ソ・コ・マ・デ・キ・テ・ル
あるいは、選択されなかった現実のように……
イ・マ・ナ・ラ・ミ・レ・ル
キュ・キュ・ル・ク・キュ・ク・ル
ヒ・ト・ヨ・ノ・ユ・メ・ニ
キュ・キュ・ル・ク・キュ・ク・ル
ト・オ・リ・ノ・ム・コ・ウ
キュ・キュ・ル・ク・キュ・ク・ル
ア・ナ・タ・ヲ・サ・ソ・ウ
(なんだ!)
「あ、うんっ……」
江藤修司はガバとベッドから起き上がった。それぞれに断片を構成しながら、六面鏡に裸体が映る。肌が粟立っていた。
「どうしたの?」
島崎初音も冷めてしまったようだ。張りの良い裸身をゆるゆる右にまわすと、やはり緩慢な動作でタバコに手を伸ばした。
シュボッ……
そこだけ、ふいに明るくなる。
「今日はご執心だっていったのに…… あら、でも、」
もう一方の手で、江藤のシンボルを探る。
「すっかりよれよれね。……歳?」
「バカいっちゃいけない」江藤が答えた。が、歯切れは悪い。
「今日は悪い、ゴメン」手を拝む形に合わせて、「いずれ埋め合わせはするから」
「いいけど、……いつまでもいると思っちゃダメよ」初音が答えた。腰のまわりの肌を掴む。
「まだまだと思ってたけど、だいぶ崩れてきたからね。金持ちの爺さんところへ行っちゃうよ」
「悪い、悪い、悪い……」
口では謝っていたが、江藤の心は、すでにそこにはなかった。下着を着け、ズボンに脚を通している。
しばらくしてから、
「どこ行く気?」と雰囲気だけは投げやりに、初音が訊ねた。
「それがわかってりゃ、ここにいるよ。……本当に今日はゴメン。必ず埋め合わせはするから」
「麻布十番か、オークラ、プリンス! あ、中華街って手もあるな……」
「オーケイ、オーケイ、オーケイ、七つの海を引き受けましょう。……愛してるよ、初音ちゃん!」
「ふん、軽い男!」
数分後、江藤はラブホテル街の外にいた。
だが、行き先にもちろん当てはなかった。