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「死体が出たって?」

 机六卓で満杯になってしまうような狭い編集室で江藤は叫んだ。斜向かいに座っていたレイアウト担当の真鍋が怪訝な表情を浮かべ、聞き耳を立てる。

『いえ、正確には死体じゃなくって骨なんですけどね』

 携帯を通じたノイズ混じりの矢頭の声が江藤の耳に辿り着いた。こいつ、いったいどこでそんな道草を?

『かなり旧い骨らしいですよ。といっても、いまのところそれが十年前のものなのか、百年前なのか、特定はできませんがね』

 携帯の主、矢頭の口調は飄々としている。

「で、場所は?」

『T川渡って、少しのところです。車で行けばですけど。歩いたら、そう、二、三〇分はかかるでしょうかね? ……団地の近くなんです。最初、住人の婆さんが騒いだようですね。この前の豪雨のとき崖崩れがあって、それで安全関係で役所と揉めて、補強工事のとき周辺も掘り返したら、そこから出てきた!』

「で、あんた、何でそんなとこにいたの? 民家園の取材に行ってたんじゃなかった?」

『もちろん偶然ですよ。たまたま近くを通りかかったら人だかりがしていたんで、野次馬根性で寄ってったら、ありゃら、って大騒ぎ』

 そこで、矢頭が『ひょう』と息を継ぐ音が聞こえた。

『……それでですね、ま、ウチの場合は骨なんか出たって記事にはならないんですけど、一緒に出てきたものがあるんで、ちょっと興味を持っちゃって』

「焦らしてないで、早くいったら」

『ヘイヘイ、……仮面なんですよ。それもサーカスのピエロみたいな。ホラ、あの目のまわりに縁取りしている、あれなんですよ。口のまわりにも縁取りがありましたね。旧いモンで、色なんかもちろん褪せちゃってるんですが、話によると硬いそうです。ね、不思議な感じしません?』

「ふうん、ま、ウチ向きの事件じゃないな、たしかに、残念ながら……。知り合いの徳ちゃんに教えてやるかぁ。夕飯くらいおごってくれるだろう」

『そんときは、連れてってくださいよ』

「あんたが情報提供者だからね。……それで、その骨ってひとり分、それとも数人分?」

『ええ、それもまだはっきりしたことはいえないんですが、警察の見立てじゃ、六、七人じゃないかっていってますね。鑑識屋さん、まだ来てないんですけど、引退した検察医の爺さんが団地の住民の中にいましてね。元はといってもプロだから、ある程度信頼置けるんじゃないですか?』

「掘り出すときに、骨、バラバラになんか、なんなかったの?」

『あ、それはもう、バラバラです。それでよく人の数までわかるなぁ、って、オレ、感心したんですよ』

「なるほど、ね……」

 そして、江藤は最後は言葉にせずに、もう一度首肯いた。ついで、首を左右に振る。記憶の先に引っかかるものがあったのだ。

「じゃ、とにかく、場所を詳しく教えて? 徳原くんに連絡してみるから。なんだったら、あんたも一緒に取材してもいいよ。今月号の原稿、もうほとんど揃ってるから」

 江藤はそういうと、どこもかしこも乱雑な机の上の朱入れ原稿に目をやった。横には斜めになった、いかにも健康そうな中年の男女の笑顔がフューチャーされた表紙の版下がある。

「ほっ」と江藤は溜息をついた。

『お気楽ですね。……じゃ、場所を伝えます』

 数分後、フリーの写真雑誌記者の徳原に連絡を終えた辺りで、いつのまにか視界から消えていた真鍋が資料を片手に近寄ってきた。

「江藤さん、これじゃないの?」

 指差された見開きページに目をやる。ボロボロにかすれた時代物の書体が飛び込んできた。

[世紀末の伝説、仮面曲馬団、来る!]

「なんじゃい、これ?」と江藤。真鍋を見上げる。

「ま、読んでくださいな」真鍋が答えた。「偽記事かもしれませんがね……」

 それは、いまでいえば写真雑誌のようなものに載った記事が、その後、往時の資料として再編集された資料本だった。が、それ自体としてもかなり旧い。奥付を見るとギリギリ、先の戦争前と知れた。内容は?

 一言でいえば、帝政ロシアから遥々遣って来た奇妙な姿形をした曲馬団が、日本各地を興行した、という紹介記事だった。本来、どういう名前だったのか不明だが、日本の興行師は、それを[仮面曲馬団]と名付けたようだ。理由は単純で、団員のすべてが仮面を被っていたからだ。加えて奇妙だったのは、彼らが犬以外の動物を所有していなかったということだ。では、何を見世物の目玉にしていたのかというと、それはいまでいう超能力のようなものだとわかった。透視や千里眼、記憶術、念動力、物体浮遊、高速計算――かの犬はそれに一役買っていたらしい――、そして、分身、透明化。

「輪をかけたような眉唾じゃない?」江藤がつぶやく。「しかも、写真はこれだけだし……」

 記事に付けられた写真は、ピエロの仮面のみだった。これなら誰にでも記事をでっち上げられる。その気がありさえすれば……

『何か、この世の物ではないような気分に襲われた気がした。』

 記事の結び前の文句がそれだった。記者は興行途中、自分がいくつにも分裂してしまったような感覚を味わった、と主張していたのだ。

「催眠術でもかけたんですかね?」と真鍋のコメント。「出し物メニューにはないようですが……」

「さあ、おれにはわからんよ」

 江藤は途方に暮れた。厭なものを見てしまった気分がした。それに……

 これが先ほど感じた記憶の断片なんだろうか?

 リン、と電話のベルが鳴った。江藤の趣味で、通常電話の着信音をわざとベル風にしてあったのだ。

「はい、こちらは……」

 やっと探し当てた中堅スポンサーからの連絡だった。

 そして、日常の波が否応なく江藤の上に覆い被さっていった。


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