エピローグ
ジャンという青年は、目の前の光景に目を疑った。
海に沈みゆく、美しい男女の人魚の姿を見たのだ。
これは夢だろうか。
瞬きをする間に、その姿はどこかへ消えていた。
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懐かしい夢を見た。
朝に見たその夢のことを思い出しながら、ジャンはのんびりと釣りをしている。
隣で同じように釣りをしていた娘が、ジャンにふと問いかけた。
「ねえ、お父さん。お父さんは人魚って、見たことある?」
「人魚?いるわけないだろ、そんなの」
人魚なんて、子供向けのおとぎ話だ。昔見かけた不思議な光景は、寝ぼけた俺が見た夢だったのだと、ジャンは認識している。
「でも、お父さんの船はいつも大漁だから、街の人たちはみんな、人魚様のおかげだって言ってるよ」
「人魚様、ねえ……」
街には、時々根も葉もない噂が流行する。最近の流行りは人魚らしい。一部では、人魚の存在を本気で信じ、信仰している者たちもいるとか。
つくづく平和で退屈でいいことだ、とジャンは思った。
「いいか、街のやつらは、説明のつかない出来事に人魚とか神とか好き勝手理由をつけて、自分たちを納得させてるだけだ」
「えー?じゃあお父さんは人魚信じてないのー?」
娘は不満げだ。
釣りに飽きてきたのか、釣竿を片付けながらぶらぶらと足を揺らして遊んでいる。
「私はいると思うよ、人魚!私ね、大きくなったら人魚姫になりたい!」
きらきらと目を輝かせて夢を語る娘の姿に、誰かの面影を感じた気がした。けれどそれが誰だか、思い出せそうもない。
「人魚姫にならなくても、お前は父さんの大切な姫だ!」
「きゃー!」
娘を肩車して、家路に着く。街は温かな夕日に包まれ、夜へと向かう。
「さあ、帰ろう。母さんが家で待ってるよ」
「お母さん、私の釣ったお魚喜んでくれるかなぁ?」
「ああ、きっと喜んでくれるとも」
ふと、遠くで水のはねる音がした。
「ねえ、もしかしたら人魚さんかもね」
なんて言って、娘は笑う。
人魚を信じていないジャンも、もしかしたらそうかもしれないと、不思議とそう思った。
「人魚さん、いつもありがとう!」
海は何も答えない。
夕日の色にきらきらと輝き、ただ穏やかに美しく揺れていた。
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