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人魚の嘘  作者: 須田konbu


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第6話 人魚の嘘


 蛸の人魚ルイスは、波に揺られながら夢を見ていた。

 

 遠い記憶。


 それは、まだ海の底にガラクタが降り積もる前。多くの人魚が、美しく豊かな海に暮らしていた頃のことだった。



 ルイスは幼い頃から、人間に興味があった。

 海辺にある人間の街を遠くから眺めるのが、幼いルイスにとっての唯一の楽しみであった。


 ルイスは人魚の大人たちから、人間は残虐で恐ろしい生き物だと教えられていた。もちろん、街に近づくことも禁止されていた。


 それでもルイスは、あの暖かな街の灯を生み出す人間という得体の知れない生きものに、ひっそりと焦がれていた。

 

 ある日のこと。

 ルイスは人間の乗っていない、一隻の小舟が海に浮かんでいるのを見つけた。

 興味のままに近づいたルイスは、そのまま漁師の仕掛けた罠にかかり、人間に捕らえられてしまった。


 

 ルイスは憧れ続けた人間の街で、思い出したくもないほど恐ろしい目にあった。


 足の一つはちぎれ、人間たちに触れられた肌はひどく焼け爛れた。そのまま無惨に殺されるのを待つのみであったルイスは、暗い檻の中で、人間たちへの恨みを募らせ、己の浅はかさを呪っていた。


 そんな中、衰弱しきったルイスを見つけたのは、まだ人魚の伝説など知らない幼い少女であった。

 宴の晩に大人たちの目を盗んで、大人たちの噂する"世にも珍しい魚"を見に来たのだ。


 彼女の名はジゼル。

 ルイスと同じ歳くらいのその少女は、ひどく傷ついたルイスの姿を見て涙を流した。


 非力な少女はルイスを引きずりなんとか海まで運び、誰にも知られず彼を人間の街から逃がしたのだった。


 

 あの一件以来、ルイスは人間が嫌いになった。

 けれど、唯一自分を救ってくれたジゼルだけは、ルイスにとって特別であった。



 ルイスは来る日も来る日も、忌まわしい人間の街を遠くから眺め続けた。興味のなかった魔法薬の勉強にも手をつけた。


 ただもう一度、ジゼルに会いたい。

 その一心であった。



 ルイスはいつか人間の姿になって、ジゼルに会いに行こうと思っていた。そして醜い人間の世界から、美しい海の世界へジゼルを連れ出そうと、そう夢に見ていたのだった。



 その願いはついに、ルイスの予期せぬ形で叶うこととなる。



 大きく海が揺れた。

 程なくして、波が海辺の街を全て飲み込んだ。

 

 陸の生き物である人間たちは、海の中でもがいてたくさん死んでいった。

 ルイスは、人魚を迫害した愚かな人間は報いを受けたのだ、と冷笑した。

 大人の人魚たちも、誰も人間を助けようとはしなかった。いや、助けようと思ったとしても今更どうにもならない、それほど大きな災害であった。


 

 そしてルイスは、波にさらわれ、今にも海に沈もうとしているジゼルを見つけた。


 

 ルイスは戸惑った。愚かな人間が報いを受けて死ぬのは構わない、けれどジゼルは違う!

 ジゼルをこんなことで死なせる訳にはいかなかった。ただ、助けたかった。



 人魚は、特別な力を持っていた。

 記憶を代償に、人間を人魚に変えることのできる魔法の力だ。


 

 ルイスはジゼルに問いかける。



「ジゼル、君を死なせたくない。君の記憶を貰う代わりに、君を生かしてあげる。もう二度と人間には戻れないかもしれない。それでもいい?」



 ジゼルから言葉は返ってこない。

 けれど、彼女は一度目をうっすらと開き、そして僅かに微笑んだ。

 ジゼルはルイスの言葉を理解していなかっただろう。けれど、そんなことはルイスにとってどうでも良かった。


 彼女を救うには、もう他に方法はないのだから。


 

 こうしてジゼルは人間だった頃の記憶を全て失い、人魚のジゼルとなった。



 彼女は生まれ育った街も、家族も全て失った。

 そしてその記憶すらも失っているので、ジゼルが苦しみや悲しみを抱えることはなかった。


 何も思い出さず、この海で生きていくのが彼女の幸せだろう、とルイスはそう思った。


 

 大勢いた仲間の人魚たちは、ガラクタだらけになって汚れた海を去っていった。


 元より孤児で身寄りのなかったルイスと、帰る場所のないジゼルはたった二人で、このガラクタの海に残ることにした。


 仲間と共に別の海に逃げることもできた。それが、まだ子供であるルイスとジゼルにとって最善であるということも分かっていた。

 けれど、ルイスはほんの少し欲が出た。

 ジゼルを自分だけのものにしたい、と。


 それが、ルイスがジゼルと共にこの海に残った理由であった。

 

 

 彼女を人間に戻す方法をルイスは知っていた。

 あの街には僅かではあるが生き残りがいて、その中にジゼルを知っている者がいる。


 その者がジゼルの名を呼んで聞かせれば、ジゼルは記憶を取り戻し、再び人間として生きることができるだろう。


 ルイスはそれを知っているが故に恐れていた。

 ジゼルが人間に戻り、自分だけの人魚のジゼルを失うことを。


 

 ルイスはジゼルの幸福を願っていたはずなのに、いつの間にか、その想いは歪んでいた。


 ルイスは、ジゼルが人間の街に憧れていることを知っていた。ジゼルがいつか人間の街へ行き、魔法が解けて人間に戻ってしまうのは時間の問題だった。

 


 過去のジゼルを知っている人間を早く始末しなければ、ルイスはそう思った。

 そして、それを実行に移すことに躊躇はなかった。





 嵐が来る前に魚たちを避難させてくる、と言ったあの日。


 ルイスは人間の姿で街をさまよっていた。

 人の集まる場所には、自然と情報も集まる。

 街の人々のとりとめのない噂話は、様々な手がかりをもたらした。



「嵐の夜に海に投げ出された漁師、ジャンが生きて帰ったのを覚えてる?」

「あの災害で死んだはずの、幼なじみの女の子に助けられたってやつ? たしか、名前はジゼル」

「それって、幽霊だったのかな」

「わからない、幻かも」

「それとも、人魚のいたずらだったりして」

「やめてよ、人魚は街に災害をもたらすんでしょ? 人魚なんて、消えてしまえばいいのに」

「でも、人魚の肉ってうまいらしいよ。昔たくさん捕って食べたって親父が言ってた」

「そうなの? なら、食べてみたい!」



 ルイスは、吐き気を感じながらその醜悪な人間たちに近づいた。そして、目的を果たすために聞き耳を立てた。



「ジャンは人魚、食べたことあるのかな」

「わかんない、本人に聞いてみなよ」

「無理だよ、あいつと仲良くないもん。なんか浮いてて、何考えてるか分からない」

「災害の生き残りだからかな?」

「かもな。街から外れた、川辺に一人で住んでるし。変なやつなんだ」

「じゃあ、幼なじみの話も嘘かもね」

「それか、孤独に耐えかねてとうとう気でも狂ったか」



 けらけらと笑う人間たちを後に、ルイスはジャンの元へと向かった。

 その手に、銀色に輝くナイフを隠し持って。

 


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