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人魚の嘘  作者: 須田konbu


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第4話 人魚の伝説



「……あの人に、会いたい」



 ジゼルはガラクタの海で一人、ぽつりと呟く。

 人間の街から戻ってしばらく経ったが、ジゼルは海で助けた青年に会えなかったことが未だに心残りであった。


 こんな独り言をルイスが聞いたらめんどくさいことになるだろうが、幸運なことにルイスは珍しく住処を留守にしていた。


 ルイス曰く、もうすぐ大きな嵐が来て海が荒れるので、最近この辺りに住み着いた魚たちの団体を安全な場所に避難させてくるそうだ。



 ジゼルはあの一件以来、ルイスの許可なく遠出することを禁止されている。


 ジゼルは勝手な行動をとったことを反省してはいたが、今度こそはうまくやってみせる、とも思っていた。


 なので今度はルイスを心配させないように、用事が済んだら帰る、と書き置きを残してから地上へ行こうとジゼルは考えた。


 早速、またルイスの寝床から魔法薬を盗み出そうと洞窟に忍び込んだジゼルであったが、その行動はルイスの予想の範疇であったようだ。


 魔法薬の入った宝箱は厳重に鎖で巻かれて、鋼鉄の鍵が掛けられている。鍵などもちろんジゼルが持っているはずもない。

 これでは、人間になることができない。



 が、まあそれでもいいか、とジゼルは思った。



 よく考えれば、ジゼルはあの青年が元気でいる姿を一目見ることができればそれで満足なのである。


 わざわざ人間の姿にならずとも、街に近づいて海から人間たちの様子を見ていれば、いつかあの青年を見かけることもあるだろう。


 それなら、ルイスがいないうちに少しだけ街の様子を見てこようとジゼルはふと思い立った。


 これから嵐が来るなら、船乗りたちは船を守るための作業で港に集まってくるだろう。その中に、あの青年もいるかもしれない。


 我ながらいい考えを思いついたものだ、とジゼルは上機嫌に歌を口ずさみながら、人間の街へ向かって泳いでいった。



 しばらく泳いで水面から顔を出すと、雲ひとつない青空の上で太陽は輝き、波はきらきらと光を反射して輝いている。



「これから嵐が来るって、本当かしら」



 こんなにいい天気なのに、とジゼルは不思議に思った。頬を撫でる風は微かに冷たい。

 この風が、嵐を運んでくるのだろうか。


 辺りを見渡すと、岩場の影に1隻の小舟が漂っているのを見つけた。人間の乗っていない、空の小舟である。



 どうしてこんなところに。波で流されてしまったのかしら。



 などと呑気に考えながら、ジゼルはその小舟に近づいた。

 それが、魚を捉えるために人間が仕掛けた罠だということにも気づかずに。



 ジゼルが小舟の下に潜り込むと、美しく輝くブロンドの髪が、しなやかな体が、あっという間に細い網に絡まってしまった。



「え!うそ、どうしよう!」



 ジゼルは慌てて藻掻くも、より一層網は絡みついて身動きが取れなくなっていく。

 

 

「助けて、怖い、ルイス…!」



 ジゼルの叫びも虚しく、愚かな人魚はそのまま罠の様子を確認しにきた人間たちによって捕まってしまった。


 この海辺の街には人魚の伝説がある。

 人間たちはその伝説を熱心に信じてはいなかったが、ジゼルの姿を見て、その異形の姿に恐怖するのであった。






 ……ヒュー、ヒュー、と微かな音が響く。

 呼吸は辛うじてできるが、水のないこの場所は、息をするだけで苦しい。

 空の色はいつの間にか真っ暗に染まり、ジゼルを照らす光は人々が手に持つランタンと、月の微かな明かりだけであった。



 人魚の姿のジゼルは街の広場で、鉄の小さな檻の中、まるで見世物かのように閉じ込められていた。


 集まった大勢の人間がジゼルを囲み、その姿に悲鳴をあげ、暴言を投げかけ、あるいは好奇の目を向ける。

 


「お前のせいだ!人魚のせいで、災いが起こるんだ!」



 そんな言葉が、ジゼルの耳に聞こえてきた。

 私が何をしたのだろう。

 人間は人魚を嫌っているって、本当だったんだ。

 でもどうして。なぜそんな目で私を見るの!


 いくつもの言葉が頭に浮かんだが、ジゼルは恐怖で声を発することなどできなかった。



 私はどうなってしまうのだろう。

 ごめんなさい、ルイス。ごめんなさい。


 ルイスはこうなることが最初から分かっていたんだと今更になってジゼルは理解し、後悔した。



 人々のざわめきの中、ローブを羽織った老人が「檻を開けろ!この悪魔を炎で祓うのだ!」と叫んでいる。


 すると何人かの男が檻を開け、ジゼルを無理やり広場の中心へ引きずり出した。

 人間に触れられた肌が、燃えるような痛みを伴い、赤く焼け爛れる。


 ジゼルはその苦痛に、思わず悲鳴をあげた。


 

 人間たちは人魚の悲痛な叫びに顔を顰め、ただ嫌悪の眼差しを向けている。

 ジゼルにはもう抵抗する力も気力も残っていなかった。せめて、死が苦しいものではないことを震えながら神に祈ることしかできない。


 ジゼルに炎の松明が向けられる。炎は、闇夜に赤々と恐ろしい程に輝いていた。

 いよいよ、炎によって悪魔が祓われようとしていたその時であった。



「どうか、お止め下さい!」



 一人の男が身を乗り出し、松明を掲げた老人を静止した。

 ジゼルは彼に見覚えがあった。

 彼こそが、あの嵐の夜にジゼルが助けた青年であった。



「ジャンよ。お前はこの街に災いをもたらす人魚を庇うというのか」



 老人が彼にそう問いかける。ジャンという青年はジゼルの前に跪くと、民衆に向けて大声で語りかけた。



「彼女は、人魚ではございません」



 ジゼルは彼の言葉の意味が分からなかった。この尾ひれも、鱗も、紛れもなく人魚である証だ。

 

 彼に再び出会えた喜びや、助けられた安堵よりも、困惑の気持ちが勝っていた。


 不安げな表情のジゼルとは対照的に、ジャンは慈しむような笑みを向ける。



「嵐の夜、私は彼女に助けられました。夢でも見たのかと思っていましたが、あれは現実だったのです。まさか海に攫われた彼女が、人魚に姿を変えて生きていたなんて」



 ジャンは涙を流し、ジゼルをまっすぐに見つめた。



「ジゼル。君はこの街で生まれ育ち、共に暮らしてきた人間の仲間だ」



 彼がジゼルの名を口にした途端、ジゼルの体は光に包まれた。そして、彼女にかけられていた()()が解けていく。


 ジゼルの姿はたちまち、人間の姿になった。

 そしてそれが、本来の姿であったことをジゼルは思い出した。


 ずっと頭にかかっていたもやが、初めて晴れたようだった。ジゼルは失っていた記憶を、人間の姿を、取り戻したのだ。



「私……この街を知っていた。貴方のことも知っていた。どうして今まで忘れていたんだろう、私は、この街で暮らす人間だった!」

 


 ジゼルは、ジャンと手を取りあった。

 触れた肌は焼け爛れることなく、ただ優しい温かさが2人を包んでいた。


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