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人魚の嘘  作者: 須田konbu


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第3話 海辺の街



 ジゼルは、海辺の大きな岩に隠れて目をこらす。

 石造りの建物がいくつも並ぶ海辺のこの街は、漁で栄えているようだ。早朝から、人間たちの群れがせわしなく動いているのが見える。



 私、来たんだ、地上に!


 「〜〜!」



 ジゼルは失った声の代わりに、ぴょんぴょんと飛び跳ねてその喜びを表現した。



  さぁ、早くあの人を探そう。



 ルイスが私の留守に気がついて地上に探しに来る前に、早く彼に会わなくては、とジゼルは意気込む。


 水に濡れて体にまとわりついていた服は徐々に乾き、少しずつふわふわとしたドレスのシルエットを取り戻していた。


 ジゼルは靴を履いていなかったが、街の人々はジゼルの汚れた身なりを見て、貧しい孤児の子供と思い全く気にも留めていない。


 ジゼルはそんな人々の目線など露知らず、自由に好奇心のまま人間の街を探索していた。



 地上には、信じられないほどたくさんの人間がいる。人魚は私とルイスしかいないのに、人間たちにはこんなに仲間がいて不公平だ、とジゼルは思った。


 その数は、ガラクタの海に引っ越そうとしてきてる魚の団体よりは多くないかもしれないが、洞窟近くの空き地に住んでるヒトデとナマコを足したのと同じ数くらいであった。

 

 人間の街には、ジゼルの知らないものばかり。

 かと思いきや、思いのほか知っているものはたくさんあった。



 例えば、あの鉄のオブジェ。人間は、あれに器用に乗って移動に使っている。


 あれは、割れやすいプレート。あれに食べ物を乗せるらしい。大きな貝殻と同じ役割だ。


 あれは、ジゼルの寝床に使っているのと同じ四角い石。人間も、同じ石で家を造っているようだ。



 人間が持っているものは、ジゼルも大体持っていた。


 それもそのはず。

 ガラクタの海のガラクタたちは、元々人間が海に落としたものだ。とルイスが言っていたのをジゼルは思い出した。


 その人間が落としたガラクタのせいで海が汚れ、他の人魚たちは皆遠くに引っ越してしまったらしい。孤児だったジゼルとルイスを残して。


 とはいえ、小さい頃のことをジゼルはあまり覚えていなかった。気がついたら、ルイスと一緒にあの海で暮らしてた。


 ガラクタのおかげで遊ぶものにも、暮らすのにも、危険な魚から身を守るのにも困らなかった。幼いジゼルとルイスが生き残れたのは、ある意味人間たちのおかげである。



 街を歩き回るうちにジゼルの服はいつの間にか乾き、海の中とは違ったふわふわとした美しいシルエットになっていた。



 陽の光に晒された肌が、じりじりと焼けるように痛む。

 近くからは、水路で水浴びをして遊ぶ子供たちの楽しそうな声が聞こえてくる。ジゼルは今すぐにでも水に飛び込んで、この暑さから逃れたいと思った。



 でもまだ我慢。

 まだ、地上にいたいもの。まだ、あの人に会えていないもの。


 

 ジゼルは、重い足を引きずりながらまた歩き出す。


 街中に敷き詰められた石畳を足の底で踏みしめるたび、鈍い痛みが増していく。


 楽しく、わくわくして、どこか心地の良い、この海辺の街。

 ボロボロなガラクタだらけの海の底とは違う、ピカピカで美しいこの街を見ているうちに、ジゼルは訳もなく悲しさが込み上げてきた。



 けれどまだ、帰りたくはなかった。

 空が赤く染まり、さみしさは募るけれど。

 ジゼルは誰かに、きっと、あの人に会いたくて仕方がなかった。



 あてもなく歩き回り、海から遠く離れた坂道を登る。

 ジゼルがいつの間にか辿り着いたのは、街中を見渡せるような高台の上にぽつんと佇む、海の底のガラクタと同じくらいボロボロの家だった。



 その家を見て、ジゼルは何故か涙が出た。

 涙が出て、止まらなかった。



 あの人に会えなくて、くやしいのだろうか。たった一人でこんなに遠いところまで来てしまったから、さみしいのだろうか。

 ジゼルは自分の気持ちなのに、何も分からなかった。



 どれくらい泣いただろう。気がついたら、ジゼルの側には人間の青年の姿があった。

 格好は街にいる普通の人間と何ら変わりはないが、ジゼルと似た透き通るような白い肌は、陸の世界の住人のものとは明らかに違っている。


 ルイスが魔法薬で人間の姿になって、ジゼルを迎えに来たのだ。



 ジゼルの魔法はもうすっかり解けていた。ジゼルは地面の上で尾びれを抱きかかえながら、夕日に包まれていく街をただぼんやりと眺めている。



 私の冒険は、これで終わり。



 ルイスに手を引かれ、ジゼルは近くを流れる水路へ共に落ちていく。

 ルイスの魔法も解け、二人の人魚は水の流れに身を任せ海へと向かった。

 ルイスは震えるジゼルの手を、海へ出てもずっと離さなかった。

 

 

「ルイス、ごめんなさい」


「……君が無事で、良かった」



 ルイスは怒っていなかった。ジゼルはルイスに心配をかけたことを、ひどく後悔した。

 人間の街に行きたかったのは本心。けれど、ルイスに迷惑をかけたくなかったのも本心だった。

 ジゼルは、今日のことを振り返る。色々なことがあったはずなのに、口から出たのはひどく単純な言葉だけだった。



「あのね、人間の街、楽しかったよ。だけど、すごく悲しい気持ちになった」


「そうだね。あそこは、君が生きるべき場所じゃない」



 ルイスはジゼルをまっすぐに見つめ、諭すように、懇願するように、問いかける。



「ジゼル、もう地上には行かないと約束してくれる?」


「…………」



 ジゼルは、何も答えられなかった。

 

 どうしてだろう。あんなに悲しい気持ちになったのに。ルイスを心配させてしまったのに。

 心臓がぎゅっと押しつぶされるように苦しくなる。


 ジゼルは陸の世界が、あの街が恋しくて仕方がなかった。


 遠くに微かに見えた街の灯りに、ジゼルは触れられるはずもないのに手を伸ばした。


 海の底は暗く冷たい。


 人魚たちは光の届かないガラクタの海へ、深く、深く沈んでいった。



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