第一話 虹色の女の欠色
"虹色の女"と言われた女優がいた。その女の名前は「皆藤真紀」。どんな役柄・どんな色の役でも完璧にこなし、まさに虹色の才能を持った女だ。
8月27日、マンションの屋上から転落した遺体が見つかった。被害者は女。名前は「皆藤真紀」女優をやっているそうだ。
「あの皆藤真紀じゃないですか!」
「誰だよその皆藤真紀ってのは!」
と、捜査一課に配属してから三年目の水崎と十九年目の田渕が話す。
「"虹色の女"ですよね。」
現場に77係の稲葉と広田、そして警視庁配属三ヶ月の女性刑事、天野がやってきた。
「虹色の女!?知らねぇな〜…広田知ってる?」
「知らないんすか!?うわ〜テレビとか観ない人ですもんね〜」
天野は呆れたように話し始める。
「今話題の女優ですよ!どんな役でもこなす女優さんで、今話題のドラマ『恋と愛』に出演してるんですよ〜!そんな方をご存じない!?」
田渕は立ち上がり、
「そんなんはどうでもいいんだ!というか!77係は関係ないだろ!」
そこに割り込むように広田が入りこみ、
「結局殺しなんですか?」
「遺書も残ってないですし…屋上のゲソ痕調べたら被害者が走り回ってたようなのも残ってるんで殺しかもですね。」
「お前は喋んなくていいんだよ!水崎!」
「すいませーん!」
「いい加減77係は…アレ?」
もう現場には77係の影はなかった。
警視庁に戻った三人は、捜査をどう進めていくかを話し合い始めた。
「俺と天野は、被害者の仕事先…まぁあの『恋と愛』とかいうドラマの撮影現場に行ってくるわ。広田は事務所の方調べてくんない?」
「言われなくても分かってますよ〜!」
そうして二つに分かれ"勝手に"捜査をを始めた。
ドラマ『恋と愛』の撮影現場である東京第四スタジオに着いた二人は、聞き込みを始めた。
大林辰夫(58)・ドラマ『恋と愛』監督/脚本
「皆藤真紀さんがお亡くなりになられたんですよ〜。」
「えぇ!皆藤君が!?信じられないな~…芸能界は大きい何かを失ったよ~…事故で死んじゃったのかい?」
「捜査段階では、殺人として捜査をしているんですよ。」
「殺されたってことかい?……私は知らないよ!」
「一応関係者全員に聞いてるんで…」
「昨夜22時から23時までの間、どこで何されてました?」
「家にいたな〜…うん。家にいました。妻がいるので聞いてみてください。」
「分かりました。」
留萌若葉(24)・ドラマ『恋と愛』主演
「皆藤さんが殺された!?それで…私を疑ってるんですか!?」
「疑ってる…というか…なんというか…」
「撮影現場での皆藤さんの様子を教えていただけますか?」
「あの人は台本を何度も何度も読んでて、楽屋の中ではずっと練習してます。凄く…真面目で、何回も注意されたりもしました。」
「注意?」
「ええ。あの人…虹色の女っていうくらい感情の表現に力を入れてるので、私がちょっとでも気持ちを抜いたりすると注意されます。」
「昨夜22時から23時までどこで何されてました?」
「家に…いました。証明できる人はいません…」
「なるほどですね〜…」
遠峰光穂(39)ドラマ『恋と愛』出演女優
「もしかして…殺したの若葉ちゃんじゃないかしら。」
「留萌さん?なんでです?」
「あの子結構真紀ちゃんに叱られたりしてて、大分恨みあるだろうし…楽屋で口喧嘩したりもあったし〜…」
「口喧嘩なんてしてたんですか。」
その後何人かに聞き込みをし、聞き込みを終えた二人は警視庁に戻ろうとした。
「今怪しいのはやっぱり留萌若葉さんですね。」
「まぁちゃんとした証拠ってものが今のところ無いからね〜…どうとも言えないけど。」
「口喧嘩してたんですよ!?確実に若葉さんですよ…」
「まぁまぁ…」
その頃広田は被害者の所属している芸能事務所、「ビューティフルデイズ」で聞き込みを始めた。
黒澤君枝(44)・ビューティフルデイズ社長
「殺された…!?」
「ええ。ですので、彼女の事務所での様子などのお話を聞きたいんですけども…」
「恨みを買うようなことと言っても…やっぱり…敵は多いでしょうね…"虹色の女"だから、なんでもこなせちゃうし。」
「念の為お聞きしますが昨夜の22時から23時までのアリバイをお聞かせ願えますか?」
「その時間なら!ウチの事務所の白石佳穂ちゃんの撮影現場見に行ってたわ!現場の人に聞いたら分かると思うわ。」
「なるほど〜。ありがとうございました。」
君嶋健(38)・皆藤真紀のマネージャー
「殺されたって…どうすんだよ〜…ドラマ…」
「殺されたってのに仕事のことの心配ですか〜?」
「いやそりゃ心配はありますよ〜…」
「皆藤さん、誰かとトラブルになったりなんてことは?」
「言っちゃえば留萌若葉ちゃん?あの子とは結構仲悪かった気がしますけど…」
「そうですか…」
77係は警視庁に戻り、捜査会議を始めた。
ホワイトボードには話し合いながら、聞き込みの情報・事件内容が次々と書き込まれていく。
「結局のところ、留萌若葉!ちゃんとした証拠はないけれど、この人が犯人じゃないんですか?」
「まだ早いだろ〜…」
「まぁでも、留萌若葉を更に調べていくっていう方針は決まりましたかね?」
「まぁそうですね。留萌若葉!コイツを徹底的に調べていきましょう!」
広田は元気良く声をあげ、早速捜査に向かおうとしたが、
「稲葉さん?」
「いやさ〜…ホントに留萌若葉がやったのかな〜…って。」
「トラブルもあったみたいですし、確定じゃないんですか?」
「う〜ん…すまんが調べたいことがある。広田と天野で行ってくれないか?」
「まぁ全然良いですけど…何調べるんです?」
「ちょっとな。」
捜査方針が決まった77係は早速捜査を始めた。
広田と天野は留萌若葉に話を聞きに事務所に向かった。しかし、時は既に遅かったようで…
「若葉ちゃんなら、さっき刑事さんたちに連れてかれましたよ。」
「ええ!?」
捜査一課に先を越されていたようだ。
「あなたがやったんでしょ!」
狭い取調室に水崎の声が轟く。
とそこに、ドアを力強く開け77係の二人が入ってきた。
「なんだよ!77係は関係ないってんだろ!」
「関係ないじゃありませんよ!まだ若葉さんが犯人とは決まってないでしょ!?」
田渕と広田の言い合いはガラスも割れそうなほどだ。
田渕は指紋を取り出し77係の二人に見せつけた。
「被害者の衣類から彼女の指紋が発見されたんだよ!」
「だから留萌さん。アナタがやったんじゃないかって!喋んないと疑われたままだよ!」
水崎は留萌に問いかける。
「撮影でついたんですよ。」
「撮影!?そんな嘘には騙されませんよ!」
「嘘じゃないですって!ドラマ観てみてくださいよ!」
「天野、そんなシーンあったか?」
端にいた広田は天野に聞いた。
「いや〜…すいません…覚えてないです…」
そうして77係の二人はずっと続きそうな取り調べを後にした。
「結局何か手がかり見つけました?稲葉さん。」
「あぁ。分かったことがある。あの二人指紋がどうたらとか言って留萌さんに聞いてただろ。」
一瞬浮かんだエスパーなのか?という想像は忘れ、広田は答えた。
「えぇ…言ってましたね。若葉さんは撮影でついたものだって言ってましたけど。」
「それホントみたいだな。ここ見てくれ。」
画面を指差した稲葉。そこには主演の留萌が皆藤を突き飛ばしているシーンが映っていた。
「多分。ここでついたんだろう。」
「じゃぁ指紋も何は関係なかったんですね。」
「あぁ。あと、今から俺は鑑識に向かうよ。」
「鑑識?」
「そう。ようやく事件の真相が掴めた気がするんだよ。」
「え?」
鑑識の部屋に入った三人は真っ先に椅子に座り作業をしている鑑識の相良のもとに向かった。
「屋上のゲソ痕見せてもらってもいいですか?」
「なんで77係のお前らに?」
相良は微妙な顔で聞く。
流石に見せてもらえないかと半分諦めかけていたが、
「まぁ見ても良いけど…責任は取れないぞ…」
「ありがとうございます!!」
そうして机に並べられたゲソ痕を次々に見ていくと、稲葉が安心したような顔をして
「なるほどな。今回の事件の真相が分かったよ。」
時刻は14時。撮影現場近くの公園に77係の三人、そして留萌若葉がやってきた。
四人が一箇所に集まると、稲葉は事件の真相について語り始めた。
「今回の事件。皆藤真紀さんの死の真相が分かりました。」
俯いていた留萌が稲葉の方を向く。
「8月27日、皆藤真紀さんが住むマンションの屋上から、彼女は落ちました。事件当初は遺書が見つからない・屋上に走り回った跡がある、などの理由で殺人事件として捜査されてきました。そして犯人として疑われたのが、あなた、留萌若葉さん。あなたの演技、ドラマで拝見させていただきました。あなた、『恋』という表現がお得意みたいですね。」
「なんなんです。さっきから。」
そんな留萌を天野がなだめる。
「その演技は、まるで皆藤真紀さんに負けないほどのものでした。いえ。負けないではなく、既に皆藤真紀さんを超えていたんですよ。あなたは。」
「超えていたって…虹色の女と言われた人を超えられるわけ無いじゃないですか。」
驚いた留萌は思わず喋りだした。
「あなたの言う通り、彼女は"虹色の女"と呼ばれるほど演技を極め、女優の道をもう十何年も歩んできました。しかし、彼女はその道を極めすぎた。若い頃にあった『恋』という感情の表現を上手くできなくなっていたんです。恋などとは一切関係を持たず女優の道を歩んできてしまい、ついにはあなたに超されてしまった…」
先程までの留萌とは違い、どんどん稲葉の話に耳を傾けるようになっていった。
「彼女は完璧主義者だったんでしょう…"虹色の女"と名乗る限り、自分を超されてしまってはいけない。そんな風に思ってしまった…だからあなたには強く当たってしまう時があった。彼女は留萌さんの演技を見るたびに追い詰められていった…そして8月27日。彼女は全てを捨てる覚悟で、自宅の屋上から走って飛び降りた…屋上のゲソ痕を見ると、沢山あったものの、皆藤真紀さんを追っているようなゲソ痕はありませんでした。」
その話を聞いた留萌の目からはなぜか涙が溢れていた。
「真紀さん…なんで…言ってくれれば良かったのに…」
彼女のプライドが勝ってしまったのだろうか。誰にも言えず、完璧主義な彼女は自分をどんどん追い詰めていってしまっていた。
今回の事件は彼女のそんな思いが生んでしまった悲しい事件だった。
人には外側からは気付けない、大事な思いがあるのだろう。しかし、その思いに気づくべきか気づいても気づかないフリをしていればいいのか、答えは存在しない。我々はそんな難しい"人間"という生き物としてどう生きていけばいいのか?
終