心臓泥棒
一瞬だった。
奪うなら奪ってごらんと舐めてかかったことを後悔しても遅い。
目を合わせようともせず、素知らぬ顔で近づいてきた後の、空を滑るように視界を通り抜けた瞳を無自覚に追ってしまったことに気づいた時には、もう。
わたしの胸にはぽっかりと穴が開いて、奪われた心臓はあなたの指先の上でくるくる。
返してほしければ追いかけておいで、と言い残して消えたあなたを追おうにも、足に力が入るはずもなく。
はぎ合わせたボロ布で綿をくるんで乱雑に縫い合わせた心臓を胸に押し込んで、その足跡を追っていく。
残された点にたどり着くたび、まがいものの心臓にさえ熱が通ることを感じながら──。
いつかこの胸に本物の血潮が戻る日を夢見て。
第11回 毎月300字小説企画、お題は「奪う」でした。