6 エイラは修行の日々を越え夢を追う
ここまで:エイラはジーナから転移・浮揚・圧縮・遮蔽材加工を教えられた。
遮蔽材狩りと称してロックの巣を2人は襲った。
登場人物
エイラ 孤児 12歳(推定) ミットの姉弟子
サツキ 孤児 10歳(推定)
ジーナ サイナス村の長 年齢不詳 エイラの師匠 51年のちのミットの師匠
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
6 エイラは修行の日々を越え夢を追う
ロックの洞窟に大量の海水を流し込んで爆発させたあと、しばらく冷ますとジーナに言われた。
「エイラ、魚を捕ってみるか?」
「え?どうやって?」
「網じゃ、水で網を作ってみよ。とは言え急には無理か、今日のところは見ておれ」
やっと静まった海面に2人で跳ぶと、うねる水面から縦横5メルの水網が持ち上がった。見るとこれも圧縮の渦が網目の一つ一つを支えているのが分かる。網目は10セロ程だから如何に細かく力を調整しているか、気が遠くなる程だ。
「ふふ、精進すればいずれお前にも出来よう。これを海深くに沈め持ち上げるのよ。ふむ、縁は少し持ち上げた方が良いかの」
簡単そうに網の形をジーナは調節した。
一瞬で沖へ跳ばれ、慌てて浮揚の渦で自分を包む。ジーナは網を海に深く深く沈めて行った。
200メル。まだ底は見えないが持ち上げ始めた。網に乗った魚は特に暴れるようなこともなく、一緒に持ち上がってくる。網と海水の区別がついていないようだ。
そこまではエイラにもなんとなく分かった。
やがて水面から空中に持ち上がった網の上で、今更のように跳ね回る魚は50尾以上。小さい魚は網目から落ちて海に戻ったので30セロ以上の大物ばかり。
「いつもならここで半分捨てるところじゃが、今日はお前がおるからの。ほれ、20キル分掬って村の台所へ運べ。容れものは用意させてある」
エイラは四苦八苦してなんとか60セロ角の網をジーナの網の下に作った。
ジーナは涼しい顔で魚の載った網を維持し待っている。どうなるかと思いながら作った網を持ち上げるとあっさりとジーナの網を通り抜け一塊の魚が持ち上がり暴れ始める。
ちょっと重いかな。
エイラは自分の網の上に跳び、3匹ほど手で下のジーナの網へ落とすとそのまま転移した。戻ってくると同じ手順を何度も繰り返す。8回目を運んで戻り、9回目を掬うとジーナが言った。
「もう良かろう。網はな、大きく圧縮をかけるとこのように」
みるみる魚の塊が丸く集まって行く。よく見れば表面には水の網がある。
「これでもう身動きもできまいて。戻るぞ」
ジーナが跳んで行ったのでエイラも慌てて後を追う。村では更に人が増えて次々と魚が処理されていた。そこへジーナの獲物が一気に落ちると囲いの板がたわみ、慌てて皆が板を押さえる一幕があった。
「ワシはちょっと休憩する。後で酒を買いに行くゆえ、準備は任せるぞえ」
ワッと沸く村人を尻目にジーナは洞窟へ跳んでいた。どこへ行ったか分からず、数ヵ所見て歩いたエイラが当たりを付け来てみると、暗がりにじっと岩壁を見て立つジーナがいた。
「ここは他よりも回復が早いでの。ちょっと無理をしてしもうた」
そうかも知れない。あんな大網を、自分は海面近くに浮いたままで200メルも上下させた上、エイラが運ぶ間も維持していた。最後に纏めて跳んだ重さも多過ぎたかも知れない。
エイラはジーナの居室から、ジーナお気に入りの椅子を持って戻るとジーナを座らせた。
「ああ、すまんの」
「あたしはジーナさま付きですから」
1ハワーも暗がりにいるのはなかなかに退屈なものだ。ぽつりぽつりジーナの話を聞きながら、待った甲斐あって居室に椅子を置くと、ライカースと言う町へ酒の買い出しに一緒に行くと言ってくれた。
その近くの村で作っている酒がジーナのお気に入りで、たまに買い付けに来るのだそうだ。
エイラは言われて作り置きの干物の袋を2つ持ってきていた。
ジーナはそれを乾物屋に卸し18000シル受け取る。思ったより高く売れたと言いながら酒屋へ行くと、お目当ての酒を一箱と、弱いが味が良いと言う酒を2種類、詰め合わせにして一箱、〆て11000シル。
顔見知りのようでジーナが一箱持っても、意外そうな顔はしなかった。
「この店では力持ちのババアで通っておるからの」
いたずらっぽく笑い、路地に入るとすぐに村へ跳んだ。エイラの荷も半分消えている。
正直ちょっと重いと思っていたので助かるけど、あたしは役に立ってるのかな?
エイラは後を追った。
言うまでもなくその夜は村をあげてのお祭り騒ぎだった。
・ ・ ・
翌日、ロックの洞窟はすっかり冷えていた。松明を翳し奥へ進んでいく。動くものがないのは気配で分かっている。奥には鈍い銀色の網がいくつも転がっていた。
ジーナはその一つに松明を持たせてしまう。この間やって見せてくれた遮蔽材の誘導渦だ。
「エイラは14、5セロにこれを丸めて、倉庫に運んでおくれ。丸めるのはこのようにするのじゃ」
網の半分ほどを包むように渦を作ると、遮蔽材がみるみる萎んで丸く固まった。
「ふむ。ちょっと大きいか」
今度は薄い渦ですっぱりと一部を切り落とした。そこへ渦が纏わり付くと20セロの球が出来上がった。
「こんな感じじゃ。やってみい。遮蔽材の場所は覚えておろう。切り分けができたらあそこへ全部運ぶのじゃ」
そう言うなりジーナは消えた。
エイラは急いで自分の分を作って後を追おうとしたが、なかなか上手く球にできずにいた。やっと出来上がり倉庫へ跳ぶとジーナの姿もさっきの遮蔽材もない。
一つ首を傾げ、棚に重い遮蔽材を置くとジーナの居室へ行ってみた。
うすら笑いで遮蔽材を変形させているジーナがそこにいた。何か見てはいけないような気がしてエイラは洞窟に戻り、その日遅くまで遮蔽材を運び続けたが、7トンに近い量は片付かず翌日も半日かけて運び切った。その頃には持って跳べる重さが50キルほどに増えていた。
・ ・ ・
と、まあ、ジーナに教わったのはそれくらい。あとは自分たちの能力は他人に見せないと念押しされたくらいか。修行は1年程やったけどあたしの能力はあまり伸びなかった。細かい作業は苦手じゃないんだけど、物量となるとジーナの半分もいかない。
気にすることではないと言われてもねえ。
だいたい、ジーナとは生きる目的が違うんだ。助けてもらった。生きる力をもらった。感謝はしてるけど、あたしがやりたいのは孤児の世話じゃない。
ある晩、あたしはサツキに問いかけた。
「サツキ。あたしはここ出て行くつもりだよ。あんたはどうする?」
「えっ?なんで?ここにいれば、食べるものに困らないよ?みんな優しいし」
「まあそれはその通りだけどね。あたしは店をやりたいんだ。そのための準備もしたよ」
「そう。あたしはお姉ちゃんと一緒がいい」
サツキはそう言ってくれた。ジーナに言ったら反対されるだろうか?世話になったのは事実だ。不義理はしたくない。でも力はジーナの方が遥かに上。どうやってか押さえられてしまうかも知れない。
そんな思いでジーナの邸を掃除していると居室に呼ばれた。
「エイラ。よく来てくれた」
開口一番、おかしなことを言うジーナ。
あたしはジーナ付きだ。呼ばれれば来るに決まってる。
「お前が出て行く準備をしているのは分かってるよ。ワシに妙な引け目を持っていることもな。じゃが、お前は家族だ。ワシの娘と言ってもいい。お前がやりたいようにやっていいんじゃぞ。ワシはできる応援ならなんでもするつもりよ」
あたしはジーナの顔をまじまじと見てしまった。どうやら本気で言ってるらしい。
「バレてましたか。話そうか迷ってたところです。うーん、計画ってのはまだなんです。サツキを昨夜誘って、一緒に行くと決めたくらい。鉱石と遮蔽材を少しくすねました」
「ああ。ここを出るなら是非とも必要じゃ。サツキが行きたいと言うならそれも止めはせん。あれもワシの娘よ。
そうさな、これから町を回って見てくるといい。行き先が決まれば、自ずと何を準備すればいいか見えてこよう」
あたしは早速、街町を跳び歩いて店を開くのに良さそうなところを見て回った。
元手は2人で貯めた8900シル。最初は行商でもやる外ない。村の援助は断るつもりだ。それでもこの場所と決めればそれを目標に頑張るだけ。