5 エイラを救ったサイナス村のジーナ
ここまで:冒頭で暴漢に襲われて農具小屋へ監禁されたエイラですが、3話にわたって生い立ちなど紹介してきました。
このお話は「フロウラの末裔」に世界を舞台の30年ほど前という設定です。
https://ncode.syosetu.com/n4177he/
よかったらこちらもお立ち寄りください。
登場人物
エイラ 孤児 10歳(推定)
サツキ 孤児 8歳(推定)
ジーナ サイナス村の長 年齢不詳
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
5 エイラを救ったサイナス村のジーナ
ここで目が覚めて6日が経った。
カントワースの農具小屋に閉じ込められ、散々いたぶられた記憶が頭の中に時折荒れ狂う。
それでもこの頃は少し落ち着いて、サツキは村の手伝いに出かけるようになった。
やっと一人でも起き上がれるくらいまで回復したので、あたしはふらふらと掴まりながら外を見に戸口へ出た。カントワースには無かった木や草の匂いがする。
覚束ない手で扉を押し開けると、本当に家の数が少ない。狭い通路を挟んで、向かいには3軒だけ。人一人通れるくらいの間を空けて建つ、木造の見窄らしい家。
戸口から踏み出すとこちらの並びには8軒見えた。左に畑が見えたので家の壁を伝って歩いて行く。
そういえばここはずいぶん涼しい。陽射しのわりに風が冷たく感じる。近くに川があるとサツキが言ってたっけ。
畑には年寄りが2人、子供が8人、土の中から丸いものを掘り出していた。作物はそれ一種類だけのようだ。
子供の中にサツキもいて、エイラを見つけ駆け寄って来た。
「お姉ちゃん、外なんか出て大丈夫なの?」
「いつまでも寝てばかりいられないよ。少しは動かないとね」
その日の夕飯のあと長のジーナに呼ばれて、サツキと村で一番大きな家へ行った。
「どうじゃエイラ。畑まで歩いたと聞いたが」
「はい、まだ覚束ない感じでしたがなんとか」
「元の町へはサツキを伴って行ってきた。ねぐらの隠し物も回収したから安心せい。ワシらは隠者ゆえ、世話になった者もおろうが挨拶は出来なんでな。行方不明といったことになってしまうが勘弁せい」
「あの農具小屋に居た男は、どうなったのでしょう?」
「サツキに聞いておらぬか?10メルほど放り上げてやれば、大概、2度と悪さをせんようになる。あれらは皆死んだよ」
「そう……ですか……」
「なんじゃ?あのような者は害悪でしかない。気になるか?」
「いえ、放り上げたとサツキにも聞いていましたけど信じられなくて」
「ふむ。それについてはおいおいの。
動けるようになったらエイラには年寄りの世話をさせるつもりじゃから、そのつもりでの」
そこでジーナが手をヒラヒラと振ったのであたしは頭をひとつ下げると、サツキに手を引かれ充てがわれた家に戻った。
「お姉ちゃん、これ、貯めてたお金だよ」
ずっしりと重い袋を開けてみると、銅貨ばかりで8900シルもあった。1年余りの2人の稼ぎだ。店を持つのを目標に2人で頑張ってきたのに。
「サツキ、これからどうしようか?」
「お姉ちゃんはまず体を直さないと。あたしはそれまで、ここのお手伝いをするよ」
「うん、そうだね。助けてもらった恩もあるし、しばらくはお手伝いか」
・ ・ ・
サイナスのお年寄りの世話をするようになって、話をするとみんな見かけほどの歳ではない。まだ50を過ぎたばかりと言うのに、顔も手も皺だらけで体力がない。カントワースには70過ぎても現役の人もいたくらいなのに、ここにはそんな人はいない。
例外はただ一人、ジーナだけ。嘘か本当か、もう180歳を超えたと聞いた。
ここの人たちは一人残らずエイラたちと同じように、あちこちの町からジーナに連れて来られた孤児だと言う。ひどい環境から救い出してくれたと、涙を流し教えてくれる人もいた。
ジーナの不思議な力のことは、みんな多く語ってはくれない。
村の長で保護者。遠くの町から行き場を無くした孤児を連れて来る。出かけた時には、ここの海で捕れた魚の干物を売ったお金で、食材や衣類を持ち帰ることが多い。
それで全部だった。
大人たちは川を下って魚を捕り村へ持ち帰り、干物に加工するのが主な仕事になっていた。
それを持ってジーナがどことも知れぬ町へ行く。たまに孤児を連れ帰るとみんなで世話をして人が増えて行く。
ここで生まれる子はいない。死産が多いが生まれても奇形が出てすぐに始末されると言う。
・ ・ ・
サイナス村に来て2年目の春、エイラはジーナのそば付となった。ケストという年嵩の女が身体を壊し、寝込んでしまった後釜だ。
主な仕事は村長邸の掃除と食料庫の管理。村の全員の食料が一つの倉庫に集められていて、売りに出すもの足りないものを調べてジーナに報告するのだ。
ある日、ジーナに呼ばれこう告げられた。
「エイラ。おまえはワシと同じ系譜の者のようだ。明日から少し訓練をするからよく身を清めておくようにの」
「同じ系譜?」
「あまり皆には見せぬようにしてはおるが、見て見ぬ振りじゃ、おまえも知っておろう。遠くの町へ跳び、重い物を手も使わず持ち上げる。他にもあるがの」
まず見せられたのは草木のまばらな西の山。その山裾に洞窟があった。
松明を焚いて奥に進んで行く。チクチクと小さな痛みが頭の中に起きたけどそれもすぐに治まった。奥へ進むと岩がぼんやり光っているような気がした。
「ここがワシの力の元じゃ。この岩のおかげで色々なことができるのじゃ。お前にも感じられるじゃろう」
エイラが首を傾げ、岩に触れるとチクチクと頭に響くような感覚が強くなった。それもすぐに馴染んで消えた。
「どれ、上へ跳ぶでな。ワシを見ておれ」
言われて振り向いた途端、眩しい光の中に立っていた。
「動くでないぞ。目はすぐに慣れる。ここは山のてっぺんじゃ」
言われた通り、すぐに周りが見えるようになった。
広さは10歩も無いハゲ山の頂上。眼下に川があり、それを挟んだ向かいの山には木が茂っているが川縁には少ない。右手には小さな集落が見えた。その方角の森の先、木立の切れ目が続き、梢越しに大きな水面。
「そこに見えるのがワシの村じゃ。滝があって森の間を川が海まで流れておる」
海と言われてもエイラにはピンとこないが、あの水面のことだろうか。向こうが霞んでどこまで続いているのか分からない。
「次は村へ跳ぶぞ。ようく見ておれ」
モアっと渦が見えたような気がしたら、いきなり目の前に建物があった。すぐに村長邸の裏手だと気がつく。
「ほれ、そこを見よ」
ジーナの指差す先にはハゲ山の頂上があった。あそこから跳んで来たと言うのか?
「もう一度見せるか」
ジーナが呟くと今度ははっきりと渦が見えた。二人を巻き込むように複雑な流れを感じる。
けれどこれはどうやっているんだろう。
山の頂上から村を見下ろし、エイラはあの場所へ行くのだと考えた。自然と周りに渦が巻き起こる。ジーナの時より小さいと思ったが、邸の裏に景色が変わったのがわかった。
「ふむ。上出来じゃ。一度山の上へ行け。次は海まで飛ぶぞ」
こうして始まった訓練は、どんどん遠くへ跳ぶようになり、翌日には見知らぬ町の上空へ跳んで戻るようになった。
朝に20ほども違った街の上空へジーナが跳び、それをひたすら跳んで戻る日々。跳べる町はすぐに100を越えたが、不思議な事に一度跳んだ町へはいつでも跳べるようになった。
20日の間そうやって跳び廻り、次は物を持ち上げる訓練だった。ジーナは滝の上に転がっていた大岩を持ち上げて見せる。
「軽いとこの力の渦がよう見えんでの。これくらいの岩ならば力をどう使っているか、分かるであろう?」
ジーナの言うように、転移の時とはまた違った渦がぼんやり見える。エイラの課題は小さな石ころを転ばすところから始まった。
これも10日の間さまざまに課題をこなしたがエイラが持ち上げたのは120キルが精一杯だった。それでも生身で上がる重さではない。
浮かせるだけで移動はさせられない術だが、手荷物が格段に軽くなる。
次は物を持って跳ぶ訓練。エイラは10日間頑張ったが無理をして40キル、何度も跳ぶなら20キルという成果だった。
ついついジーナと比べてしまうが、もちろんこの能力も長くやって行くうちに成長するので、悲観などする理由はないと聞かされた。
次は自分自身を持ち上げる。空中に跳んで長く留まりたい時に使う。これは渦の形を覚えれば難しいものではなかった。
ただあまり高く跳んではいけないと教えられた。高くなるほど息ができず苦しいのだそうだ。どうしてもやるなら、一杯に息を溜めてから跳べと。
そして圧縮だ。ジーナは石を圧縮して見せた。然程大きさは変わらなかったが色が変わる。良い材料があれば宝石ができると言って、昔作った石を見せてくれた。
それは部屋の掃除の時にいつもキレイだなと見ていた石だった。
「ワシは胡散臭いババアゆえ売ったことはないがの。店を覗くと同じくらいのものが高い値札で並んでおったなあ」
それでも万一に備え、良さそうな材料があれば手慰みに作ってみるのだと言って、ジーナは笑った。エイラもやってみたが、力を大半持っていかれるけど圧縮自体は割と簡単にできた。
出来上がったものは濁った石ころにしかならなかったけど。
最後は遮蔽材と呼ばれるものの加工だ。固い黒銀色の金属だがなぜか相性がいい。力の元になるあの鉱石の光を封じると言う。
これしかないと言う20セロ80キルの球形の塊を使ってジーナが見本を見せる。ジーナの作る力の渦を追うように遮蔽材が変形して行く。
変形には多少時間がかかるのでその間は待っていないといけない。材料に余裕がないとうまくは行かないが、まあ、やり直せばいい事だと笑っていた。けれど材料はどこで見つけてくるのだろうか?
これでジーナの特訓は終了だ。最後に自分たちの能力は他人に見せないことを念押しされた。
・ ・ ・
しばらくはジーナの部屋付きとして暮らしていたがある時、遮蔽材を狩るので手伝えと言われた。海沿いに北東へ90ケラル、海岸から少し奥まった山の中腹にある3メルほどの穴の前に連れて行かれた。
穴からはもの凄い熱気が噴き上げている。
あの奥にロックと呼ばれる化け物がいると言う。ジーナが10トンもの海水を持ち上げた。水が逃げないのは全体に圧縮の渦が取り巻いているかららしい。
エイラは言われるまま、浮揚の渦を倒しその水の塊を押して行く。エイラは持ち上げる力が弱いのでゆっくりとしか進まないが、それでも穴の近くまで運ぶことができた。
ジーナが水を穴の高さまで持ち上げ、エイラが穴の中へその水を押し込む。粗方押し込んだところでジーナが力を抜くと、海水は一気に穴の奥へ流れ込んだ。
ズガガアァァーーーン!!
もの凄い音があたりに響き、海に岩が飛び散った。水柱がいくつも立ち上がり、海面は霧で覆われ何も見えなくなる。ジーナがエイラを連れて跳んだのだろう、80メルの上空から2人でその惨状を見ていた。
言われた通りにしただけなのに!何が起きたの?
驚愕の顔でジーナを見ると、引き攣った笑い顔が返ってきた。どうやらジーナにとっても、思っていたよりずっと大きな爆発だったらしい。
ジーナは50セロほどの水球を持って穴の入り口に転移すると、それを千切って穴の中へ次々と投げ込んだ。エイラには軽く圧縮が掛かった小さな水つぶてが投げられているのが分かった。
ジーナが息を切らしエイラを呼んで残りを投げるように言うので、圧縮をかけた水つぶてを投げてみた。なるべく奥の方まで投げろと言うが、真っ暗な中から白い湯気が湧き上がってなんにも見えない。
「気配を読むんじゃ。穴の壁が分かるか。入り口の形から順に奥へと見て行ってみい」
言われて探ってみると案外分かるものだ。投げた水塊も当たった位置まで分かった。壁ではなく網のような感触に当たると、水塊が煙に変わる様子が伝わって来る。
「それで良い」
投げ終わるとジーナが言う。
「しばらく冷ますので収穫は明日じゃな。エイラ、魚を捕ってみるか?」