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3 エイラの行商の日々

       登場人物


 エイラ 能力者 行商担当


 サツキ エイラの相棒 小売り担当


 ラックル 13歳孤児 エイラの行商補助


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


      3 エイラの行商の日々


 ナーバスに本拠を置いて1年。エイラの行商先は広範囲にわたった。何せジーナ仕込みで大きな街町は、ほとんどと言っていいくらいに網羅されている。

 もちろん栄枯盛衰はつきものだから、滅んでしまった街も、新しく興る街もある。


 エイラの行商は商店や問屋が相手、決して個人客相手の小売りではない。

 互いに目利きの値付け争いは付き物と言っていい。他にはない商品を持ち込む上に、輸送費のかからない点で有利なエイラは十分な利益をあげていた。


   ・   ・   ・


 今日やって来たのはトラーシュという町。西門を起点に3本の大通りが広がるように並ぶ。

 中央の通りの突き当たりは東門で、南側は庶民向けの商店街、北側は職人街で工房や材料の店が並ぶ。


 エイラが今日持ち込んだのは、6種類の極薄岩食器。転移に80キルの制限があるので、手押し車に3回分の荷を積んで新たに雇った小僧と2人で運ぶ。浮揚を使っているので運ぶのは見た目ほど大変ではないが、軽々と運んで見せるわけにもいかない。


 中央の賑やかな通りを選んだエイラは、1軒の雑貨屋に立ち寄った。


「こんにちは。食器の行商なんですが、買い取りって出来ますか?」


 店主か店員か区別は付かないが、見たところ30代後半の痩せた女性が応対に出て来た。

「なんだい?どんなのがあるんだね?あたしはセルマーってんだ、見せておくれ」

「エイラです。こっちはラックル」


 エイラとラックルは、荷車にかけてあった布を捲って積み荷を見せた。


「これはまた見たことのない色だね。ガラスかい?」

「いいえ。石です。落としたくらいじゃ滅多に割れませんよ?当たりどころによっては割れることもありますけど」

「本当かね?」


 セルマーは白地に5色の粒模様が入った大皿を一枚持った。中の小さな鉱物が日を反射してキラキラと光る。

「そんなに重くないね。どうやったらこんなに薄くなるんだか」


 顔の上に掲げ、日に透かして見て「ほう」と息を吐いた。


「いくらで売るんだね?」

「うちの卸値はその大皿で1枚250シルです」

「ずいぶんと安いねえ?なんか訳ありかい?物騒な話はご免だよ」


 ラックルが両手を振る。

「お姉さん、そんなことないよ。うちはどこでだってその値段で卸してるんだ」


 ラックルにお姉さんと呼ばれて、セルマーの頬が少し緩んだ。

「ふうん。いろんな色があるんだね。この緑は落ち着いていていいねえ。夏空みたいな青もあるねえ。これみんな同じ値段なのかい?」

「はい。大きさが同じなら値段も一緒にしてもらってます」


「そうかい?じゃあ一通り、20ずつ貰おうかね。いくらになるかな?」

 (250+200+150+100)*2*20=28,000


「お姉さん、28、000シルだよ」

「ラックルくんは計算が早いね、いい商人になるよ」

「えへへ。じゃあ20ずつ渡すね」

「もし良ければこの台を使って、一つをこんな風に傾けて陳列してみてください」


「へえ。そうやって置くと中の模様や形がよく分かるね。その台はいくらだい?」

「これはお金をもらってないんです。買ってくれる人が増えればこちらもありがたいので」

「それはいけないよ。あたしも商売だからね。こんないい考えのものをタダで配ってたらダメだ。そのうちみんなが真似するだろうから取れるうちに取っておきな」

「そうですか?では一つ20シルでは如何ですか?」


「大きさ別に一つずつと、大皿は見栄えが良いから全部で5つもらうよ」


 精算して通りをゴトゴトと荷車を押していく。中央通りの広場では屋台の準備をしているものが何台かあった。植込み近くのベンチに座った太めのおじさんが、パイプを吹かして辺りを眺めている。

 それがエイラたちの運ぶ荷車に目を止めた。


「あんたらは行商かね?何を売ってなさる?」

「あたしはエイラ、この子はラックル。食器を売っています」

「食器かい?どんなのだね?」

「見ますか?こちらへどうぞ」


 男はパイプの火を地面に叩き落とし足で踏み消した。その足でふらりとエイラたちのそばへ寄る。

 エイラとラックルがかけ布を捲り商品を見せた。


「見たことのない器だな。材料はなんだ?」

「石です。正確には岩を切った物ですけど」

「お?この深皿!おーい!ニールセン!」


 離れた屋台に向かって大声で呼ぶ男。


「なんだぁ?」

 3軒目の屋台でおっさんが顔を出した。


「ほら。お前深皿が欲しいって言ってたろう!」


 屋台のおっさんが首を捻りながらこちらへやってくる。


「深皿だぁ?確かに欲しいが早々ねえだろうが」

「これを見てみろ!」


 やれやれと言った表情で並んだ皿を見ていくおっさん。

「ほう、いい色だな。こっちもいいな」

「それじゃねえよ。こっちを見ろ」

「お?おう!良さそうだな!」

「だろ?ちょっと使ってみろよ!」


 エイラが慌てて話に割り込む。

「ちょっと待ってよ!それは売り物だよ!何を勝手に進めてるのよ?」

「ああ、すまんがあの屋台まで移動してくれねえか?使ってみたい。良ければ30ほど欲しいんだ」

「何をしようってのよ?」


 口調の割に素直におっさんに付いて屋台へ向かってエイラの引く荷車を、パイプの男とラックルが押す。


「いやあ、出すのは汁物なんだがなあ?木の器はどうにも不衛生でなあ。臭いは付くし何度も使うと色が黒くなってよ。なんかねえかって、この間からあっちこっちに相談してたんだ」


「ふうん、それで?」

「ヒックラがあんたたちを見つけてくれたってことさ。一杯ずつ食わせるから、その深皿を貸してくれ。さっきも言った通り塩梅が良ければ30買うよ」


 根負けした格好で、汁物とやらをご馳走になることになった。貸す器は2つ。エイラとラックルが食べた後、洗ってニールセンとヒックラが食べてみるらしい。

「ちょっと。注ぐ前に洗ってよ!」

「いやあ、あんまり綺麗に見えるもんだから、いいかなと……」

「良いわけないでしょ!」


 深皿に7分目、熱いスープと木のスプーン。このスプーンも黒く斑らに変色してしまっている。

 ともかくクリーム色のスープを掬って飲んでみた。

「美味しいじゃない!」

「ちっちゃい肉がいっぱい入ってるんだね!」


 ヅルヅルと啜りながら、顔に汗をかいてぺろりと食べたエイラとラックルはもう汗だくだ。

 空いた器をさっと洗い、もう一杯。今度はニールセンとヒックラが食べてみる。

「お。やっぱりいいな。どうだいお俺の目利きは?」

「ああ。だがこうなるとこのスプーンもなんとかしたいな」


「本当に30も買ってくれるのかい?スプーンってのはこのくらいの大きさでいいんだろ?後で在庫を持って来てやろうか?」

「あるのか?」

「うん。今は持って来てないけどね。で、どの色にするんだい?全部同じにすることもできるよ?」

 ニールセンは並んだ6色の深皿を一つ一つ見て行った。


「おめえの店ならこの黒がいいと俺は思うぜ?」

「あ?先に言いやがったな?今、俺もそう思ったとこだってのに!」

「まあまあ。黒が30でいいかい?スプーンも同じ色かな?」

「ああ。そっちも30本だ」

「スプーンは110シルだったかなあ」

 エイラは適当に値を付けた。これから作るものに決まった値段などない。


 ちらとエイラを見てラックルが素早く計算する。

 250*30+110*30=10,800


「1万と800シルだよ」

「ちょって待て。黒い深皿は10しかないんだ。スプーンもねえだろ。金は全部揃ってからだ!」

「じゃあ黒皿10枚分だけ先に頂戴?2500シル」

「まあ、しゃあねえか。ほれ!」

「じゃあまた来るね」


 そう言い置いて先へ進んで行く。大きな雑貨屋を見つけ飛び込んだ。


 ここでは生憎で、思い切り買い叩こうとする店主に呆れてエイラたちは先へ進む。


 路地の一軒奥に狭い店先に木の食器を並べている店があった。なんの気無しにラックルが路地を覗き込んで見つけた店。


 荷車を押して店先に停める。

 置いてある器はまん丸に削り出されて、職人の腕の程が窺える。表面の仕上げも光沢が出るほど磨き込まれていた。が、所詮は木。良い塗料があれば良いのだが、おかしなものを塗っては口にするものだけに病人が出そう。

 エイラなら表面を圧縮して木目を完全に潰すところだけれど、削る、叩くではそれもままならないというところか。

 さっきの屋台の深皿と似た食器もあった。


 それにしても造形が美しい。椀の丸み、カップの縁の反り、木皿に浮かぶ木目。

 何点か買って行こうかと見ていると店番の女が荷車に興味を示した。


「あの、そこの荷車はあなたのですか?布の形を見ていると何か変わったものを積んでらっしゃるようですが」

「あ、分かります?あたしも食器の行商をやってまして」

「見せてもらっていいですか?」


 ここなら食器の情報が手に入るかな?売れ筋とか。

 エイラは荷車のかけ布を捲って見せた。女はそばにしゃがみ込んで、興味深そうにひとつひとつ見て行く。


「はあ、どうやったらこんな薄い加工ができるのかしら?なんでできてるの?」

「石です。模様は元の石の模様です」


 女はガバッとエイラを見上げた。

「これ売って!」

「はい。いかほど卸しますか?」


 ここでも20セロから下のものが主に売れた。30セロの大きなものは1つずつ、見本として展示台に飾ってもらう。

 エイラは木の器を種類毎に一つずつ買い込んだ。形のイメージができれば圧縮で切り出せるかも知れない。


 大きいサイズばかりになった荷車を通りの端に寄せ、ラックルに荷物番を頼むとエイラは路地裏からナーバスへ跳んだ。

 黒の深皿は作り置きがあるけど、スプーンはまだ作ったことがない。

 木製のスプーンを思い出し、端材でだいたいの形を切り出す。それをいつも通り極薄の板状に切って行く。

 10セロほどの端材から30数枚が取れた。


 ここからが厄介なところだ。汁物を掬うのである程度の深さが欲しい。あの木匙(もくさじ)ではいかにも浅い。柄の部分はそのままにして先端の片面に強目の圧縮をかけて行く。楕円形の窪みができた。


 まずこの窪みの具合を重ねたときに揃うようにしたい。

 1本目に数回に分けて圧縮をかけ窪みを深めて行く。うまく窪みはできたが、柄の部分が歪む。

 思った形とは少し違うけど、このくらいの角度が付いたほうが食べやすいかも。


 何種類か作ってみて、これならいいかなと言う形ができた。形が決まればあとは慣れた作業だ。少し時間はかかったけど、注文の30本は用意できた。


 エイラは荷物を抱えてトラーシュの上空に飛んだ。ラックルの待つ近くの路地裏を上からいくつか見て行く。人気(ひとけ)のない路地を選んで地上に降りると、そのまま荷を抱えて荷車に向かって歩き出した。

 大通りへ出るとラックルに手を振る。


「遅かったですね」

「ゴメン。待ちくたびれちゃった?」

「いえ。スプーンが楽しみで」

「うまくできたと思うよ、ほら」


 荷車に置いた荷からスプーンを出して見せた。

「良さそうですね」

「でしょ?屋台に行こう」



 屋台では昼時とあってニールセンが大忙しだった。

「持って来たよ。数だけ確認して」

「おおありがとうな。今ちょっと手が離せない」

「洗い物してあげるから数をお願い。持ち込んだやつも洗っちゃうから」

「そいつは助かるが良いのか?」


 ニールセンの手は会話の間も止まらない。

 エイラは慣れた手つきで木椀を洗って行く。ニールセンの相手はラックルがしている。

 検品が終わり、ラックルが深皿とスプーンを運んで来た。それもエイラがどんどん洗って行く。ニールセンは大車輪で調理と盛り付けをこなす。ラックルが注文取りと受け渡しを手伝い始めた。

 この列を捌かないうちは代金も貰えない。


 やっと並ぶ人数が減り始め、洗い物も減って来た。ニールセンの手が空くのを2人で待つことにした。


「いやあ、助かった。商売もので悪いが、これ食って行ってくれ」

 ニールセンは肉団子の入った汁物を一杯ずつ出してくれた。黒い器にスープのクリーム色と肉の茶色。そこへ黒いスプーン。悪くない取り合わせだ。


 代金の精算をしてエイラはナーバスへ戻った。


   ・   ・   ・


 後日トラーシュへ行くと、大きな深皿の注文を大量にもらうことになった。屋台で重ねが利いて洗い易いと評判になったらしい。

 この頃は木製の汁椀も作っている。表面を圧縮処理すると汁の染み込みが減って、屋台で繰り返し使っても1年は保つようだ。エイラはいい商売ネタが増えたと喜んだ。

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