8マックランド城のお掃除をクエルタースに頼まれた
登場人物
マクファース 元ライクレット王国 王子 14歳
ニーニア マクファース付き侍女 15歳
ナンゾエラール 元ライクレット王国 将軍
クエルタース(クエル) マックランド城の誘導体
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8 マックランド城のお掃除をクエルタースに頼まれた
「まずみんなにはお願いを聞いてほしいのさー。ボクは力が欲しい。まずは屋上の掃除。日当たりが悪くってね。積もった枯葉をなんとかして欲しいんだ」
「屋上というのはどこにあるんだ?」
「このお城の最上階の屋根の上さー。それに4層に囲む屋敷の屋根。さらには内側の城壁の上、そこから伸びる橋と外側の城壁の上までさー。本当は城壁の間にある町の屋根も全部なんだけどね。あれは修理しないと使えない……」
クエルタースめ。悲しそうな声とは裏腹なニヤニヤ顔で、ニーニアの胸に顔を埋めるのはやめろ!
城の1階、大階段の裏手にある5つ並んだ小部屋は3メル四方くらいか。3人で入ると扉を閉める。ガクンと部屋が揺れ玉座の裏に出た。そこから塔の階段を登ると2つ目の扉を開け、中央の小部屋を左へ。一段高いところにある扉を開けた。
そこはマックランド城の屋根の上。枯葉が屋根に幾層も貼り付いて固まっている。その厚さは10セロ以上もあって、さながら畑を耕すように鍬で剥がし、屋根の縁まで抱えて運び、下へ落とす。
「ねえ、ナンゾエラール。あの馬はまだあの辺に居るかな?」
「どうでしょうな。もう3日経っておりますし。あの門をどうやって抜けたら良いものやら」
「馬ってこの子のことかい?」
僕らの前に透明な板が現れた。そこにはあの馬が下草をムシャムシャやってる姿が映る。
「ああ。この馬だが。どうやっておるのだ?」
「外の城壁にいくつか目があるのさー。元気そうだねえ」
「どうやって中へ入れるんだ」
「うーん。説明しにくいのさー。ナンゾエラールさん、ニーニアはボクと一緒に来て欲しいのさー」
「僕は?」
「ここにいていいよ?」
結局僕一人で屋根の枯葉剥がしを昼まで続けた。ニーニアが呼びに来てお昼ご飯になる。
あれからナンゾエラールが馬橇を作っていたらしい。
馬と橇はどうするのだろうと見ていたけど、3メルの部屋にナンゾエラールが真っ赤な顔で橇を逆向きに押し込んでいた以外は、階段も普通に馬が橇を引いたまま屋根まで登ってしまった。
「馬橇で運んで落とすなら、この塔のそばにしてもらえると後が楽かなあ」
というクエルタースの言に従って、固まった枯葉を落とすのは東側の低い塔の近くだ。この木の葉は発酵が進んでいていい肥料になるのだとか。
馬が参戦してくれたけど、終わった面積はごく僅か、あの屋根だけでもあと3日くらいはかかりそうだ。
「マクファース。今日は捗ったね?でもこびりついた葉っぱがあると効率が7割減なのさー、水洗いを頼んでいいかなあ?」
これにはさすがに僕も腹が立った。たった3人でこの広大な面積の掃除など、とてもではないができっこない。
ライクレットの民を何十人かでも呼べればいいのだ。
そう言えば、食料はいくらでもあると言っていた。贅沢を言わなければと言うのが引っ掛かるのだけれど。
「なあ、クエルタース。食料はあるって言ってたね?どんなのがあるんだい?」
クエルタースはニーニアの顔を見上げて言った。
「虫はお好きでしょうかあ?」
ニーニアの頬が引き攣る。僕は慌てて割り込んだ。
「わわっ!虫か?まず第一に見たくない。第二に聞きたくない。第三に知りたくない、だな。この条件でなんとかなるか?」
クエルタースがニーニアを慮っているのは分かる。しかし、いきなりは刺激が強すぎるだろう。未開地では普通に食べるとは聞いていたが……
「はあ。それだとボクは一体どうすればいい?選択肢がないのさー」
「クエルタース。お前が言っているのは昆虫食というやつで間違い無いか?」
おっと。ニーニアの顔がさらに引き攣っている。
「できるだけ風味良く、美しい盛り付けができるか?僕が試食する」
「マ、マクファースさま!マクファースさまにそのようなことはさせられません!あたくしが……」
「ニーニア!無理をするな。僕はここにライクレットの民を呼びたいんだ。クエルタースの協力を得られる今、次の手立ては食料だ。この問題が解決できれば、ことは大きく前進するんだ」
「うーん。風味が良く美しい、ですかあ?難しいことを言いますねえ。加工するのはすぐはできないですねえ。力が丸切り足りないのさー」
「ほう、クエル。そうするとワシらで仕分けや加工をしなきゃならんと言うことか?」
「解体みたいなことは、どうしても必要ですねえ。全部すり潰すにしても洗うくらいはしないと。ねえ?
だからせめて、城の屋根だけでもきれいにして欲しいのさー」
3日、4日掛かり切りになると言うことか。
「ふむ。ワシらがあの屋根一つ掃除したとて、どこまでできるようになるのだ?」
「集めた昆虫の洗浄と破砕、後はすり身状に加工するくらいですかねえ」
「なんだい?ペーストというのは?」
「そうですねえ。似ていると言えばすり潰したイモや豆ですかねえ。ペトッとした感じで、蒸したり焼いたりすると固まるのさー」
イモや豆と言われてニーニアが興味を示した。
「柔らかいうちに他の材料を混ぜたり、味付けすれば色々に使えそうです。あたくし、作ってみたいと思います」
お、ニーニアがやってみたいと言い出した。それならいいかな。
「なんだかみんな乗り気みたいだね。頑張ってみようか。当座の食料が少なくなってるのはどうしようか?狩りをしてみる?」
「クエル。虫どもを集めるのはできるのか?他の手作業はワシがやっても良いぞ?
どんなものか試したい」
「うーん。まあできそうかなあ?道具も揃えとくさー」
明日も屋根掃除。ナンゾエラールは虫の加工とやることは決まった。
僕はまた柔らかいソファに取り込まれて眠った。
・ ・ ・
「やあ、おはようよう、マクファースさん、ナンゾエラールさん、ニーニア。今日も一日頑張って欲しいよう」
「ああ。頑張るよ」
「クエル、あれはいつ頃かかれるかな?」
「どうしても午後になるさー。自由になる力は本当にごく僅かなのさー」
城の屋根に行って、僕とナンゾエラールが積もった葉の固まりを鍬で引いて剥がし、馬橇に積み込む。それだけではどうしても、うっすらと表面にカスのようなものが残ってしまう。
クエルタースが言うには、そこまででは3割しか力が回復しない。
そこでニーニアが桶に水を汲んで撒き、ブラシで擦って角の方から磨いて来る。それでこの表面が最大の力を作れるというのだが、正直僕には何がどうなっているのか分からない。
ナンゾエラールは黙々と枯葉を剥がし運んでいく。
「マクファースさま。一休みいたしましょう」
ニーニアの声に僕は腰を伸ばした。馬車が戻るとナンゾエラールも腰を下ろし汗を拭う。馬は腐葉土の表面に生えている薄い草を食んでいる。
「クエルタース。この腐葉土はいい肥料になるんだろう?なんでこんなに生えている草が少ないんだ?」
「水が無いからさー。草は日の光と空気と水でできてるのさー。けれどこの屋根は水を吸収してしまうのさー」
「む、光と水はよい。空気?それはなんのことだ?」
「風、でしょうかねえ。空気の流れのことを風と言うのさー」
この話もピンとこないけど、クエルタースとこの城に関しては、そういうものだで通す他なさそうだ。
僕らは黙々と屋根掃除を続けた。
午後からはナンゾエラールが抜ける。どうやるのかあまり想像したくないが、虫をよく洗いそのあとすり潰すのだという。一体どんなものになるのだろうか?
夕方、ナンゾエラールが持ってきたのは、白っぽい魚のすり身に見えた。見た感じは美味そうだが僕は騙されない。
そう思っていたら、ニーニアが出してくれた干し肉の薄切りが浮かぶシチューと、コクのあるスープがいい味を出していた。
喜んでお代わりしてると妙にナンゾエラールがニヤついてる。そこで僕は、さてはと気がついた。
「ニーニア。ナンゾエラール。僕が悪かったよ。食わず嫌いでごめんなさい」
そんな一幕もあったけど、やっとマックランド城本丸の大屋根掃除が終わり、クエルタースの欲しいと言う力を、まだまだ少ないけれど手に入れた。
虫の捕獲場所は西の山の中腹、白い峡谷。地下通路からエレベータで崖の上まで上がれる。そもそもなんでこんなところに通路があるのだろう。
「ここは元々が鉱山なのさー。この白い岩にはいろいろ使い道があのさー」
今、虫が見えないのは、夜になると虫の好む光を出して集めるからだそうだ。この白い岩に反射して多く飛んで集まるらしい。
集まった虫はこの岩壁にびっしりと止まり、それを岩棚の下の穴から吸い込むのだと言うことだった。
力を多く使えるようになれば、この時期でも毎日数百キルの虫すり身を作れるらしい。
「そうは言っても冬は虫が集まらなんだよう。育てることもできるから、200人くらいなら一冬養えそうなのさー」
「なんと!200人もか!ワシが集めて来るぞ。それでこの城の片付けができるわい」
僕も行きたいなと思ったけど、また山越えで荒れたライクレット領に戻るのだ。楽な旅ではない。
「それではあたくしは虫すり身で保存食をお作りします」
ナンゾエラールは翌朝大きな背嚢に、30日分のペースト製焼き団子を詰めて立って行った。
僕らは引き続き屋根の掃除だ。なんの技術もないので、できることといったらこれくらいしかない。ナンゾエラールが戻った時に備えて力を溜めておこう。
・ ・ ・
200人ほどの人手を集めようと、マックランド城を出たナンゾエラールは、道を街道へ取った。南へ逃れる難民がいるならば、好都合と思ったのだ。
考えても見て欲しい。逃れるため移動する難民であれば、どこへむかっているにしろ苦難の旅への覚悟が出来ている。
次に足りる足りないは別として、何がしかの食料は携えている。つまり旅の準備ができているのだ。
これが例えば飢えた村へナンゾエラールが大将軍の名をかざして、約束の地などと法螺話を語り説得し準備をさせて戻る、と言った過程を辿るより、余程容易であることがわかる。
ナンゾエラールの目論見は当たった。
山を降る前に高みから150人程の群れを見て、勇んで山道を降った。
だが誤算もあった。
難民の列は前後に長く伸びており、聞きつけて集まった者が300以上になった。
後から話を伝え聞いて、山道に新たにできた踏み分け道をポツリポツリと追って来る集団まで加えると、その数は500人にも及んだ。
想定の倍以上の人数に食料の増産は急務となり、ナンゾエラールの指揮のもと、広大な屋根の掃除は僅か10日で終わった。並行してそこで得られた力の全てを使い、虫の養殖が開始された。
その飼料には屋根から剥がした腐葉土と、旧市街の腐った木材、さらには南の森で枝打ちして採取された新鮮な葉が、人力で大量に地下の飼育場へ運び込まれることになった。
この辺りは難民を率いていた村長、顔役が力になった。そしてその全てにマクファースが顔を出し調整に奔走した。
また出来上がった虫すり身も人力で運び出され、ニーニアが女たちを相手に調理や味付けを教えた。
クエルタースの要請で飲料水の汲み上げも人力に切り替え、その分の力も全て養殖の温度管理や虫の加工処理に回されたが、急に食料増産へ進むものではなかった。
そのため狩猟隊が組まれ、四方の野山や川へ放たれた。
おかげで十分とはいえないまでも集まった大人数の民は飢えずに済み、2月目になるとマックランド城は冬籠りへと突入していった。
雪が降り出歩くのもままならなくなると、城の中の空き部屋に雑魚寝同然で暮らしていた民は、街の再建を考えるようになっていた。
腐蝕した木材を採取する過程で、廃墟のような建物を解体した空き地を新たな住み場所として利用しようというのだ。
一部は南の森へ10頭余りしかいない馬に曳かせて、雪を踏み越え木の伐採に出るようになった。材木を乾燥させるため、少しでも早く集積したいと言うのがその理由だった。
城門近くから始めて少しずつ平らな土地を作って行く。ここに木材を集めて乾燥させるのだとか。
クエルタースは城の地下にある工作工場に、15人の職人を募集した。
「食べ物の目処が付いたから、木材加工場で使う丸鋸や手カギ、ノミ、カンナ、カナヅチなんかの工具を作って欲しいのさー」
「ああ、そうか。乾燥が進んだら次は加工か」
「そうさー。街の朽ちてしまった木も使えるとこがあるかもさ。乾燥用のテントも要るんだよう?」
城内住宅街の一部が片付けられ、畑として開墾されていく。雪解けが始まると城の外に畑の開拓に出るものも現れた。
虫すり身料理に不満を言う者はいないが、大地の恵みはここでも大きな希望なのだ。
・ ・ ・
そして待ちに待った春がやって来た。
冬の間に腐葉土を漉き込まれた土に早速雑草が芽を出す。それを細かく鍬で根切りして畝を作り種まきが始まった。
民が持ち込んだのはトラマメ、ヒラナ。元々がそう多くの種類の作物は育てていなかった上、持ち出した種もごく少ない。
「ねえ、クエル。作物の種って他にないでしょうか?これだけでは、あんまりです」
ニーニアの要請にクエルタースが答えた。
「古い種ならたくさんあるのさー。2000年以上でも種なら生きているらしいから、800年くらい経ってるけどきっと芽を出すはずさー」
アマキビとアカキャベツ、チャナス、ダイトマト、パンプキーなどが半信半疑ながら播かれることになった。
夏になると故郷を無くし、食い詰めた挙句盗賊団となったライクレット兵が元ライクレット領辺境部を荒らし回り、それから逃れた難民の流入があった。
ナンゾエラールの只1回の勧誘演説を遠巻きに聞き、賛同しなかった者が広めた、あやふやな噂を頼りに400もの新たな民が合流した。
その話を元にナンゾエラールが討伐隊を組み、2月ほども荒野を探し回わったあげく、20数人のうち捨てられたライクレット鎧の死体を見つけ戻って来た。
マックランドはその年の秋には盛大な収穫祭が催された。
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こうしてマックランドは城壁国家として整備されて行く。
そして4年の月日が経ったある日、マックランド国王となったマクファースの下に黒衣の魔女が再び現れた。




