2 エイラが生まれた村ゲミラ
登場人物
エイラ ゲミラ村の子供 8歳
キッド ゲミラ村の子供 12歳
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2 エイラが生まれた村ゲミラ
お話は2年遡る。あたしがカントワースに来ることになった訳。
ほかの子と比べると体が小さかったあたしは、よくいじめられた記憶がある。
兄弟は8つ上の兄のクレスと、4つ上の姉のサラがいたんだ。父さんは村の猟師で母さんは小さな診療所の手伝いをしていて、昼間はほとんど家にいなかった。
上の子は村長の手伝いに行ってしまうから、あたしは家の周りで遊んでることが多かったと思う。
その日も近くの森で木登りをしてひとりで遊んでいた。年上の男の子が3人、向こうからやってくるのが見えた。いつもなんやかや言って、物を取り上げたり意地悪されるので、あたしはそのまま木の上で隠れてじっとしてたんだ。
「ドチビ!隠れたって見えてんだよ。降りて来いよ」
遠くから見てたのかな?当てずっぽう?
肘辺りに石が飛んできた。枝に当たって跳ね返りが掠めて落ちて行く。今度は膝。見るとこっちに回り込んで体の大きい、確かキッドって言うやつが子分どもから石を受け取って、次々に投げていた。
幹を回り込んで逃げようとしたとこに、膝に飛んで来た石の痛みにあたしは木から落ちてしまった。
頭から落ちたあたしが目を覚ましたのは村の診療所で、お母さんが心配そうに覗き込んでいた。
「キッドちゃんたちが見つけてくれたから良かったけど、エイラは木から落ちたのよ?もう木に登っちゃダメよ?」
「違うよ、お母さん。あたし、キッドに石をぶつけられて落ちたんだよ」
「またそんなことを言って。あの子たちがそんなことするはずがないわ。夢でも見たの?」
あいつらは村ではいい子で通ってる。手伝いなんかも良くやるって大人の評判がいいんだ。
この時も結局あたしに気をつけなさいで終わってしまった。その上診療所からとぼとぼ家に帰る途中にあいつらが待ち構えていた。
「よう。気が付いたんだな。大丈夫なのか?」
わっとばかりに3人で取り囲む。この辺りはまだ村の大人の目があるので口調は優しい感じだけど、落ちた時に痛めた肘を抓ってくる。
「痛い!」
「なんだ。そんなに痛いのか?家まで送ってやるよ」
半ば引き摺るみたいに両腕を抱えられて、家の方へ向かうけど大人が周囲にいないと子分が確認したようで、家を通り過ぎて森の縁に連れて行かれた。
「ドチビ。お前、母ちゃんに告げ口したろ。お前の言うことなんか誰も信じやしないけど、今度またやってみろ。お前の姉ちゃんも同じ目に合わせるぞ」
そう脅してまた肘の傷を抓る。口を塞がれて大きな声を出せずにもがいていると
「でかい声出すと膝もやるぞ」
口を押さえたまましばらくあたしの痛い肘を抓っていた。声を抑えて涙を流すあたしに、キッドがポケットから出した物を見せた。
それはサラ姉ちゃんがこの前無くしたと言っていた髪飾りだった。なんでこいつが持ってるんだ?
キッドはそれを足元の落とすと踏み付けた。パキッという音でどこか壊れたのが分かる。
ニヤッと笑ったキッドが言った。
「拾えよ。持って帰れ」
戸惑っているとお尻を蹴られた。
「拾えっつってんだろ!」
拾ってみると泥だらけの髪飾りは3つに割れてしまっていた。あたしは泣きながら家に持ち帰った。
テーブルの上に置いて泣いていると兄ちゃんが帰ってきて、それを見つけた。
「サラの髪飾りじゃないか?どうしたんだ?」
「……キッドにやられた」
「そんなわけあるか。サラが無くした時あいつも一緒にずいぶん探してくれてたんだ。人を悪くいうのはよせよ」
そこへ姉ちゃんが帰ってくる。泥だらけの壊れた髪飾りを見て、大きな声で泣き始めてしまった。お父さんが町へ行ったときに買って来てくれたお土産で、それは大事にしていたんだ。
こんなになったんじゃ泣くよね。
姉ちゃんが泣いてくしゃくしゃの顔をあげて、キッとあたしを見た。
「キッドが言ってたよ。あんたがこれを持ってるのを見たって。キッドたちに見せびらかしてたって。なんでこんなことするのよ!」
あまりのことにあたしはびっくりして声が出なかった。
「……お姉ちゃん、違う」
やっとそこまで言ったが被せるようにサラ姉ちゃんが言う。
「あんたが羨ましそうに見てたのは知ってるんだ。よくもやったね」
「……違うよ。あたしが見てたのは……」
お姉ちゃんのきれいな髪の方だよ。
そう言いたかったのにお姉ちゃんはテーブルを両手でバンとたたいた。
泥だらけの髪飾りをそっと両手で包むと、そのまま家を出て行った。
兄ちゃんが呆れた顔であたしを見ていた。あたしは言う言葉をなくしわんわん泣き出したが、兄ちゃんは慰めてなんかくれなかった。
そのままテーブルに突っ伏して寝てしまったのか、目を開けるとお父さんと母さんが帰って来ていて、夕飯だから手を洗ってこいという。
井戸で洗って戻るといつもの食事だった。
みんな黙って食べるのですごく居心地が悪い。あたしが何を言ってもあとでなと言われてしまう。
食べ終わってお父さんが口を開いた。
「サラの髪飾りのことは聞いた。エイラ。お前が壊したのか?」
また何か言っても信じてくれないのかな?
「……キッドだよ……」
「なんで人のせいにするの?」
姉ちゃんがボソッと言った。
「そうよ。あんたが木から落ちたって、わざわざ診療所まで運んでくれたんだから。少しは感謝しなきゃいけないのよ?」
その夜はそれであたしが掛け布を被って寝てしまった。
・ ・ ・
どこかよそよそしい朝食のあとみんなが出かけて行って、あたしは寝床に引きこもっていた。乱暴に入り口の開く音がして、首を伸ばして見るとキッドと取り巻きがいた。
「傷が心配だからな」
そう言ってあたしを押さえつけ肘の傷を抓る。痛みに泣き叫ぶあたしの口にそこらの布を押し込んでヘラヘラ笑いながら。
それで満足したのか、あたしの息が落ち着くのを待って、キッドがギラリと禍々しい光を放つナイフをあたしの目の前に翳した。
「どうだ。いいナイフだろ。特別にお前には見せてやる。切れ味を試したくなったらまた来るよ。あははははは」
「「はははは」」
お昼にお母さんが心配してあたしを見に来た。肘に巻いた布を取って、傷がひどくなっているのを見て目を吊り上げる。
「あんた、なにをしたの?傷をいじっちゃダメでしょ。もう。こんなに腫れちゃって……」
お母さんは井戸から汲んできた水をかけて、あたしが悲鳴をあげるのにも構わず布で擦って洗う。
元通りに布を巻かれ、グッタリしたあたしに簡単な昼食を充てがうとお母さんはまた出かけて行った。
お腹は空いているので、もそもそとなんとか食べ、疲れ果てたあたしはそのまま夕方まで眠った。
またろくに会話のない重苦しい夕食のあと傷の確認をされて、また朝が来る。
家にひとりで居るとまたあいつらが来るかも。そう思ってあたしも兄ちゃんたちを追いかけるように家を出た。人の目のあるところになるべく居ようと思って。
けれど途中であの3人に見つかった。
「よう、エイラ。もう出歩いて大丈夫なのか?
野苺のなってる場所を見つけたんだ。歩けるなら一緒に行こうぜ」
「俺がおぶってやってもいいよ。行こうよ」
「あたし行きたくない」
「何を言ってる、エイラ。せっかく誘ってくれてるんじゃないか。連れてってもらえよ。すまないがエイラを頼むな」
兄ちゃんたちはさっさと手伝いに行ってしまった。痛い肘を掴まれて身動きもできないあたしを残して。あたしは痛いのと悔しいのとでギリッと歯を食いしばった。
森の野苺摘みで人目のないところへ行くと口を塞がれ、また肘の傷を痛めつけられた。
口の周りに苺の酸っぱい汁を塗りつけられ、ポケットにも何粒か押し込んで上から叩かれた。汁が弾けてお腹まわりが気持ちが悪い。
引き摺るように3人がかりで家のそばに放り出され、服も泥だらけになってしまった。
「ドチビ。また明日も来てやる。逃げようったって無駄だぞ」
「「あははははは」」
あたしはしばらくそのまま動けず、右手で地面を叩いて泣いていた。やっと起き上がり井戸へ行って、痛む腕を庇いながら服を脱いだ。 水を汲み上げようとして、力の入らない腕のせいで何度も失敗した。一度にちょっとずつしか汲めなくて何度もやって。
やっと桶一杯になった水で服をを洗う。片手で押すだけの洗濯をして服の汚れは少しはマシになったか。
でも絞るのはどうしよう?
途方にくれた挙句、水浸しの服を広げて物干しに掛けた。家に入って他のものを着よう。体もできるだけはきれいにしたんだから。
洗濯でずいぶん時間が経っていたらしい。お母さんが様子を見に来た。きちんと着ることができなくているところに入って来て
「まあ!何をやっていたの?服はどうしたの?」
血の滲む肘を見てお母さんが悲鳴をあげる。
「もう!なんてことなの!傷をこんなにしちゃって!」
布を解いて水を汲みに行った。桶に一杯の水を持って戻ったお母さんが傷を洗い始めた。あたしはその痛みに悲鳴を上げた。
「やめて!痛い。痛い!」
お母さんの手が止まった。
「なんであなたの傷はこんなになってるの?ずいぶんそっと洗ってるのに、そんなに痛いなら、どうしてこんなになるまで……」
あたしは俯いて震えていた。
「井戸で水を汲んだのね?びしょびしょの服が物干しに掛かってた。あなたが洗ったの?」
あたしは黙ったまま頷いた。
「なんで洗ったの?」
「……苺で汚れて気持ち悪かった……」
「苺?」
「兄ちゃんたちが行けって!あたしは嫌だって言ったのに!」
「行けってどこに?」
「……森の野苺……キッドが…」
「またキッドなの?」
「……そうよ!またキッドよ!どうせあたしなんか……」
お母さんがぎゅっと抱きしめてくれた。
「ねえ。何があったか話してくれる?」
お母さんは午後は診療所に行かなかった。ずっとつっかえつっかえ話すあたしの話を聞いてくれた。
いつの間にか外は暗くなっていた。
「そう。それは辛かったわね。けどどうしたらいいのか……」
兄ちゃんたちが帰ってきて、お母さんは夕飯の準備を始めた。始めた時間が遅かったのでお父さんが帰って来るまでに夕飯の支度は終わらなかった。
夕飯が終わって疲れてあたしは早く寝てしまったけど、他のみんなは遅くまで話していたらしい。
・ ・ ・
それからしばらくはあたしのそばを兄ちゃんは離れなかった。4、5日もすると、おかげであたしの肘はだいぶ動かせるようになった。
姉ちゃんがポツリとあたしに
「ごめんね、エイラ」
それだけであたしは嬉しかった。
・ ・ ・
風の強い夜だった。
遠くで狼の吠え声が細く長く響いていた。
村の中央で何やら騒ぎが起きたようで、遠くに怒鳴り声が聞こえてくる。その声はだんだんと近づいてくるように思えた。
お父さんが起き出して、戸口から顔を出す。
「おい。起きろ。すぐに服を着ろ。履き物もだ」
そう言って自分も身支度を始めた。
「お前たちはここに居ろ。ちょっと見て来る」
お父さんが家を出てすぐだった。
ずっと遠いと思っていた怒鳴り声がすぐそばで上がり、揉み合うような物音。
そして静かになったと思ったら、入り口の扉が吹き飛んだ。破片を姉ちゃんがまともに浴びて血塗れになる。お母さんが姉ちゃんに駆け寄ろうとしたけど、わらわらとごつい男が数人押し入って来た。
何が起きたのか分からず、お母さんも兄ちゃんも動けなかった。もちろんあたしも動けない。
汚い身なりの男がどこからか長い棒を出して、土間で呻く姉ちゃんにその棒を突き刺した。姉ちゃんはビクンと右手を持ち上げて、それ切り動かなかった。
そこでとまっていた時間がまた動き出した。
兄ちゃんが近くの火箸を持って男に殴りかかる。お母さんはあたしに駆け寄って抱き上げると裏口へ走り出した。抱えられたまま見えた後ろでは、兄ちゃんの火箸が男の腕に突き刺さっていた。が、その脇から進み出た男が兄ちゃんの首をギラッと光る短剣で突き上げる。
それだけの動きがあるのに、不思議と音は全く聞こえなかった。
でもあたしに見えたのはそこまでだった。
お母さんが真っ暗な畑を走る。後ろから怒号が追って来る。お母さんは暗がりを右に曲がった。
「この辺りには崖があるから、行くんじゃないぞ」
だいぶ前に聞かされたお父さんの声が聞こえた気がした。
お母さんはそのまま真っ暗な宙を駆けた。
あたしはぎゅっと抱き抱えられたまま落ちて行く。ものすごい衝撃が2度3度とあって、バキバキと何か枝が折れる音がして、それでもお母さんはあたしを離さなくて……