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3 ライクレット兵の牙を折るエイラ

       登場人物


 エイラ 孤児 18歳(推定) ミットの姉弟子


 サツキ 孤児 16歳(推定)


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    3 ライクレット兵の牙を折るエイラ


 エイラはネントラーに向かって上空を転移して行く。探しているのは遠征軍とやら。頭は潰した。次は牙を折っておかないと猛獣ってのは厄介だ。

 ほんとは息の根を止めるのが一番だけど、ライクレットを皆殺しってわけにもいかないよね。


 あー、あれかな。馬車の列が細い街道を数珠繋ぎに進んでくる更に後方、それらしいのが見える。2000の騎馬部隊。その上空から指揮官を探す。1台だけテントを張った4頭立ての馬車。

 あれかな?


 エイラは御者台に跳んだ。回りがうるさいので誰もエイラに気付かない。馬車の中には二人の男。エイラは中に跳んだ。


「あーったく。どんだけ貧乏くじだよ。前評判どころか素っ空振りってやつだ。第1と第3中隊は北だって?俺たちもそっちの方がよかったよな」

「全くだ。奴隷は少ないし上がりも大した……」

「どうした?」

「何だお前は?」

「あたしは魔女って呼ばれてる」

「ま、魔女、だと?そんなものいるはずは……」

「あたしはどこから入って来た?」


 そこで男の背後へ跳ぶ。


「ちょっと、あんたたち」


 バッと身を翻し、飛び退くと剣を抜いた。隣にいた男の頬を切っ先が掠めて血が出る。

 バカなやつだ。この狭い馬車の中で長い剣を抜くなんて。

 その剣を頭上に振りかぶる。エイラは思ったことを言った。


「バカなヤツ」

 途端に弾かれたように動き出す男の剣は、天井を1メル切り開き、丈夫な骨の3本目で止まった。

 エイラが利き手の肘関節に薄い石板を跳ばしているので、剣は力なく床に落ちた。


 もう一人は頬の血を拭いもせず短剣を構えている。


「ちっとはマシかな?」


 足の踏み込みに合わせて、やはり肘へ極薄石板を飛ばす。何が起きたか分からず痛みに腕を押さえ(うずくま)る男にエイラは言った。


「大人しく帰ってくれないかな?」


 うめく男二人をそのままにしてエイラはカイラス村に戻った。


 日暮れにはまだ少し早く、サツキは戻っていなかった。生成りの上下に着替えて、干し草のクッションで寛ぐうちにエイラは寝てしまった。


   ・   ・   ・


 朝になってサツキにあれこれ聞かれたけど曖昧に答えて、エイラは黒い袋を背負って転移し、ネントラーの北西上空を跳び回った。


 まだ最低2隊、第1と第3中隊と言うのがいると昨日の二人は言っていた。牙は全て折っておかなければならない。あいつらは騎馬隊だった。あまり高く上がると見逃すかも知れない。


 朝から1ハワーも経った頃、それらしい1隊を見つけた。

 700くらいか?少ないね。


 馬車は見えないが上からでもわかるほどのキラキラ鎧とそれに従う黒鎧が2騎。

 エイラはその部隊の前方に木の影から出たように装って転移した。先頭が突然姿を見せた黒ローブのエイラを見て、ギョッとしたように止まる。自然、隊はそこを基点に停止していく。


「あんたたちはどこの騎馬隊だい?」

「ぬ。何だお前は?」

「聞いたのはこっちだ先だよ。まあいい、教えてあげる、あたしは魔女って呼ばれてるね」

「魔女?魔女が我らになんの用だ」

「だからその我らっての聞いてるんだよ。用があるかはそれからだろう?」

「ぬ、この無礼者め」


 いきなり馬上で剣を抜いて、馬を走らせ突きかかる。が、剣はそのまま後ろへ落ちエイラの脇を駆け抜けた馬の上で腕を押さえ、男は悲鳴を上げた。


「無礼者はあんただろう?ライクレットの遠征部隊って事でいいみたいだね」


 後続の数騎が唖然とする中、エイラはキラキラ鎧の前へ跳んだ。


「あんたがこいつらの隊長だね。大人しく国へ帰んな」

「お前は何だ?」

「ライクレットはバカばっかりなのかい。あたしは魔女だってさっき教えたはずだよ?あんたは何だい?」

「ふん。お前のような下賤な者に教える道理など無いわ。おい、捕らえて白状させろ!」


 5人がそれに応え騎馬を降りてエイラに向かって行く。が、あと数歩と言うところへ膝を押さえ喚き始めた。エイラが顔を(しか)めると5人は口を噤みそのまま(くずおれ)れてしまった。


「ぬ!女!何をした!?」

「ほんとにバカばっかりか。隊長には死んでもらうよ」


 エイラはキンキラ鎧とその取り巻きらしい黒鎧の頭に石板を跳ばした。ガシャガシャと音を立てて馬の背から地面へ落ちた鎧たちを見て、周りの兵が騒ぎ出す。エイラは見えない場所へ飛んでどうなるか見ていた。


「ヨークスモット第1王子!これは一体どうされたと言うの?我らはどうすればいいのだ?」

「陛下に何とお知らせすれば良いのか……」

「何とかお運びせねば」

「このような(むご)い仕打ちを……魔女め!」


 あれあれ。第1何とかってんだから偉いのは確かみたいだ。用は済んだね。


 再び上空へ上がったエイラは、すぐに次の馬の隊列を見つけた。北東へ登る1500程の騎馬。中央に大きな馬車が木々を縫うように走るのが見える。

 迷わずエイラは御者台へ跳んだ。御者と目が合って、あんぐり開いた口の奥へ薄石板を跳ばす。クタッとしたところを席に寝かせると後ろの様子を窺ってみる。


 なんだかいびきが聞こえるね、|弛《たる

》んでるなあ。


 2つも似たような騎馬隊を見たから、ライクレット王国軍で間違いないのはもう分かってる。できれば第1なのか第3なのかと、他にもいるのかを知りたいところだ。

 

 エイラは馬車の中に跳んだ。男が二人、怯えた女が二人。こっちは半裸で手を後ろに縛られていた。

 突然現れたエイラに女の一人が悲鳴をあげる。ちょっときついかと思ったが、カイラス村に女二人を纏めて跳んだ。ねぐらの岩壁に悲鳴が反響して耳が痛い。女も自分の声だと気が付いたようで、顔を引き攣らせて口を閉じた。


 エイラの頭がクラクラするのは、絶叫を間近で聞かされたせいばかりではない。馬車に招待されただけあって、どことは言わないが肉付きがいいのだ。18歳とは言え、まだまだ発展途上と信じているエイラなど、比べ物にならないほどに。

 二人合わせると100キルは優に超えるだろう。エイラには文字通り荷が重かったのだ。


 縛られているロープを解き、置いてあった布をかけてやる。竃に火を入れ水の入った鍋を置くと(かわや・トイレ)へ案内した。干し魚も出してやった。


「サツキが帰って来たらエイラに連れてこられたと言っておいて。夕方にはあたしも戻るから、好きにしてて」


 そう言い置いて通路に出ると騎馬隊の上空へ跳んだ。さっきの悲鳴できっと大騒ぎだろうとは思ったけど、何だか雲行きがおかしい。

 逃げた女を探しているのか、兵が辺りに散ってるのはまあ、分かる。けど、馬車の周りに20騎ほど固まってなんで円陣なんか組んでるんだ?エイラはちょっと考えて馬車の床下へ跳んだ。

 周りの兵はかなり殺気だっている様子だ。


「この穀潰しがあ!女はどうした!」

「俺たちはまだ指も触れてねえのに逃げられただあ?仮にも第3中隊の指揮官さまが何てざまだ」

「苦労して運んできたお楽しみを不意にしやがって、吊るすぞ?」


 何だい、第3中隊の指揮官ってお飾りなの?てことは、この20騎ほどを仕留めちゃえば頭がいないってことでいいよね。

 エイラは外側の奴らから順に関節を狙って石を贈って行く。悲鳴が辺りに響くけど血は出ない。馬上でのたうち回る。流石に10人超えた頃には馬の背から落ちる者も出て、音が辺りに響く。

 5メニとかからず、ここの20数人は皆、多分一生戦闘不能になった。


 次を探してエイラは上空へ跳ぶ。さらに北東20数ケラルにライクレット王国の方向に向かって走る一団があった。

 同じように馬車の御者台へ飛ぶと、岩場をひどい揺れと衝撃で車輪を軋ませながら移動していて、気付かれずに中を探ることができた。

 揺れがあまりにひどいせいか中には誰もおらず、再び上空へ。他より金ピカの多い装備が3騎、殿(しんがり)と左右の離れた位置で馬に揺られている。

 後ろから行きますか。

 殿は5騎、互いを支援できる位置というところ。でもエイラにはそんなことは関係ない。背後に跳び一般兵の4騎から仕留め、隊長格の馬を殺す。地面に転がった鎧に問いを浴びせた。


「ライクレット王国の遠征部隊だね。中隊ってのはいくつあるんだい?」

「何だお前は?どこから……」「そういうのはいいから」「グアッ!」


 膝に一枚皿が増えたので男は尻もちを突いた。足を押さえ呻き声を上げる。


「で?中隊はいくつあるんだい?」

「第1からうぐぐ……第3までの3つ……」

「素直ないい子じゃないか。石は取ってあげるよ。痛いのは変わらないだろうけど。この中隊は何番目かな?あんたが隊長かい?」

「ぐ、俺たちは…第3…俺は…15人指揮……小隊長だ…グアッ!」

「運が良ければまた歩けるかもだよ。気をつけて国へ帰りな」

「アグアァーッ!」


 転げ回る鎧を尻目にエイラは右翼に跳ぶと、遠慮なく派手な鎧を馬から落とし、すぐに左翼へ跳ぶ。空中に出た途端、後ろから声が上がる。

 たまたま上を見ていた奴がいたようだ。


「何だあれは?飛んでるぞ!急に出て来たぞ!」

「わっ、本当だ。隊長、上だ!上に魔女がいる!」


 騒いだってエイラのやることはそれほど変わらない。まず隊長の利き腕を仕留め、集まってくる騎馬10数騎を次々戦闘不能にして行く。


 それからも2ハワー、陽が傾くまで探索を続けたが別の隊は見つけられなかった。

 エイラは知っている中で一番賑やかな街、トリスタンへ行き屋台を数軒回って帰路に就いた。降りるのは初めてだったけど、買い物もできたし絡まれもしなかった。

 そんな幸運は滅多にない事だと、エイラはよく知っていた。


 ねぐらに戻るとトリスタン土産を食べ寝るばかり。連れて来た女2人はネントラーの者で、明日サツキが難民の小屋に連れて行くらしい。


   ・   ・   ・


 10日ほど経ってライクレットの街へ行くと不景気の真只中、小綺麗な中央街の商店は打ち壊され王城、貴族街も民衆に荒らされていた。あの時も薄ら寒い風がそこここに吹いていたのをエイラは思い出した。

 近隣の村には餓死者が溢れ、自らの悪政が招いた結果とは言え、(むご)いことになってしまった。


 だが、あのまま回りの町村を荒らし回られては適わないし、いずれ王国は同じ末路だったのだ。エイラはそれを少し早めたに過ぎないし、毒牙にかからずに済んだ町村は、力及ばずとも復興に向けて多少の力にはなるだろう。


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