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1 |襲撃者《ライクレット》を偵察するエイラ

ネントラーの町をライクレット軍に荒らされ避難民の世話をするエイラは敵の偵察に跳んだ。

        登場人物


 エイラ 孤児 18歳(推定)


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    1 襲撃者を偵察するエイラ


 ネントラーの店を失って半年が経とうとしていた。やっとみんなそれぞれの場所や役割を見つけ、それなりに落ち着いてきた。

 エイラはエイクラスと相談して、数日村を離れると告げた。


「何を始めるつもりだ」

「ライクレットとやらを見てくるよ。今回のことじゃ、あたしは頭に来てるんだ。ふざけた奴らを皆殺しにしたいくらだよ」

「皆殺し!若い娘がそんなことを言うもんじゃない!」

「そうよ。エイラちゃん、あんたは本当によくやってくれたよ。この村に来た人達が今生きていられるのはエイラちゃんのおかげ。疲れているんだわ。2、3日休みなさいよ」


 けれどこの村長夫婦の言葉が逆にエイラを煽った。あたしの店をあんなにしておいて、のうのうと生きていられたのではたまらない!

 口には出さないが、名も忘れてしまった街での屈辱。ジーナが害悪だと言っていたあの男どもと何が違うのだろう。


「ちょっと行ってきます」


 そうとだけ言ってエイラはその場から転移した。とにかく北東へ向かって跳ぶ。200ケラル近く点々と跳び、すぐに知らない土地の上空に出た。

 そこには小さな村の片隅で数人の男が墓の列に5つの穴を加えていた。荷車の上には痩せた子供の死体が数人混じっていた。

 飢饉が元だと言う噂があったのを思い出す。


 更に3つの村を見て行くが、上空から見る情景はあまり変わらない。取り入れが終わりそのままの畑。茶色い葉の並ぶ野菜畑。上から見てわかるほど豆の茎が細く萎れている。

 本当に不作のようだ。


 大きな街が見えてきた。5メルを超える高い城壁で囲まれ、中に家が建ち並ぶ。だいたいは3階建で、広い10メルはありそうな街路が縦横に5本ずつ。その間に3メル程の路地を2本挟んで整然と並んでいた。

 縦横7ケラルはあるだろうか。広い街の中央に高い小山のような建物群が聳えていた。その中央に50メルちょっとの高い尖塔が天に向かって突き上げている。


 ライクレットの中心でいいのかな?この塔はジーナに連れられて一度来た時に見た塔だ。

 全体をざっと見たエイラは、人影のない路地裏に降り立った。エイラは商人だから、まず住む人の暮らし向きから調べて行くのが手順なのだ。


 外側の広い街路をぐるっと回ってみる。通りには多くの店が並び賑やかだ。歩く人の服装も色が多い。店先を見るといろいろなものがある中、衣類を置いている店が多いようだ。


 エイラが作った食器を見かけた。数十も重ねて置かれた器の前に、模様がよく見えるように一つだけ傾けて置かれた皿と小鉢。

 なるほどね。持ち去ったのは許せないけど、並べ方は参考になるね。わざわざ台まで作って見やすい角度で置くのか。確かにきれいに見えるね。


「お客さん、どうです?この色。この形。この頃入った極上品です。一ついかがですか?」

「産地はどこだって?」

「私も詳しくはないですが西らしいですよ。この間、遠征がありましたから、戦利品かも知れません」

「戦利品ねえ」

 掠奪品の間違いだよ。


「一ついくら?」

「はい、こちらの小さい方で1800シル。このお皿は3500シルでございます」


 たっか!まあ、次の入荷は無いし、輸送費も込みだからそのくらいにはなるか。


「あー。無理無理。いいもの見せてもらったよ」

 陳列方法とかね。あたしは店を離れた。


 食料品も店先には豊富にあるように見える。途中で見た村の惨状が信じられないくらいだ。しかも種類が多い。


 一軒の野菜を並べた店に立ち寄った。豆が5種類、蕪や芋類も何種類かあるね。葉物が少ない。大根は少し萎びかけて肌に張りが無い。

 ふうん?遠くから運び込んだって感じだね。足の速い生鮮品は運んだ距離が推定し易いから好きだよ。値段を見るといい値の札が付いている。バックヤードには空箱が多い。それほどの在庫はないみたいだ。


 さて、ぶらぶらと高い塔を目指して見ようか。大勢が行き交う割に、皆さん元気がないように見えるのは気のせいだろうか。


 高い建物が近づくに連れ甲冑姿が増えて来た。カイラスの難民に聞いたライクレット兵はもう少し簡素だったようだけど、その姿に似ている。

 こんな鎧を着込んでちゃあネントラーの警備兵は相手するのも大変だったろうに、あれだけ大勢の民を逃すだけの時間を命で(あがな)ったんだ。

 エイラは目に力が入るのが分かって、意識して緩めた。兵士を睨みつけて怪しまれるのはまだ早い。


 鉄格子の立ち上がる壁が左右に伸びている。そこには4人の甲冑兵士が立っていてエイラは通行を阻まれた。


「この先は貴族街だ。身分証のないものは通れん。立ち去れ」


 なんであたしが身分証とやらを持ってないってわかるんだ?服装か?顔を覚えてるってのはないと思うんだけどな?


 戻りながら様子を見ていると、こんな生成りの服を着てるのはあたしくらいか。

 ちょっと浮いてる感はあったんだよね。一着買って見ようか。ぶらぶらと街路を戻って行くと、頭のない人形に服を着せてあるのが戸口から見えたので入って見た。


 女店員はあたしを見た途端、顔を引き攣らせたけど、気を取り直したように

「いらっしゃいませ」とおざなりに挨拶した。


「旅の者なんですけど、どうもこの服だと浮いちゃってるみたいで。もう少しここに馴染む服ってありますか」

「そうでしょうね。失礼ですが、ご予算を伺っても?」

「お金はある程度持っていますが、あまり高いのは困ります」

「5000シル程かけて頂ければ、恥ずかしくない服装にして差し上げますが?いかがでしょう」

「それなら手持ちがありますので、お願いできますか?」

「ではこちらへどうぞ。体に合うものをお出ししますね」


 そう言うと女店員はあたしを大きな姿見の前へ連れて行き、テーブルの上に3種類ほどの衣類を並べ始めた。

 初めて見る鏡を見て、あたしの顔ってこんなだったんだ、と思った。


 シャツにパンツ、短いスカート、ネッカチーフに靴、小ぶりのバッグ、赤い靴。

 どこのお嬢さんだよ?今持ってる荷物はどうしたらいいんだ?

 そう思って見ていたら赤く薄い生地の背負い袋が隣に載った。へえー?


「この辺りでしたらご予算で一揃え、お召になるとお似合いかと思います」


 これは今度サツキも連れて来たいね。大きな街ってこんな楽しみもあったんだ。ちょっと損してた気分だよ。着慣れないスカートはよして、煩わしいチーフの代わりに赤いリボンにしてもらった。

 あとはお勧めのまんま、赤があちこちに入っていて、気恥ずかしいくらいに可愛い。


「髪をちょっと直しますね。ああ、これはちょっとお手入れが必要です。石鹸を売っている店がこの右手3軒目にございますので、そちらで整髪剤をお求めになった方がよろしいかと。艶が出ますし櫛の通りが滑らかになります。折角のブロンドです。このままではもったいないですよ?」


 そう言いながら、あたしが着ていた生成りの上下をきれいに畳んで、赤い袋に入れてくれる。元の靴は紙で包んでその上。手に持った袋も収まりそうだ。すぐ使うものを小さなバッグに移し、残りは背負い袋に押し込んだ。赤い袋を背負って姿見で見るとなんか他所の人?って感じだ。


「よくお似合いです」

「ほんとに5000シルでいいの?」

「はい。あたくしの見立て手数料も込みですので5000シルで結構でございます」

「そう。ありがとう」


 お金を払って外に出るとさっき教えられた右の石鹸屋を探す。髪の手入れと言われたらやっぱり気になっちゃうよね。


 それらしい店を見つけて入ると、ふわっと甘い香りがする店内にエイラは驚いた。

 店員に聞くと匂いのもとは高級石鹸で、5個入り12000シル。店の高級感演出と宣伝のため朝昼2回箱を開くと言う。王族や上流貴族、ごく一部の大店の店主が買うのだそうだ。

 整髪剤にもランクがあるらしく、中級品で1瓶1000シル、普及品で500シル。産地を聞いたが教えてもらえなかった。

 エイラは3500シル払って整髪剤1瓶ずつと普及品の石鹸を20個買った。


 次は腹ごしらえだね。見回すと食事のできる店がいくつかあるようだ。目についた1軒に入ってみる。

 入り口の黒のかっちりした印象の服を着た男に止められる。


「ご予約はございますか?」

「ゴヨヤクってなんです?」

 瞬間男の顔に何か過ったが、更に問われる。


「御家名を伺っても?」


 怪訝な顔で見返すと、男の顔に嘲るような表情がはっきりと浮かぶ。表情が崩れたまま男は言った。


「誠に申し訳ございません。ご予約のない方の入店はお断りしております」


 ふうん?踵を返して店を出るエイラの後ろで、さっきの男が同じ服装の別の男に、こっぴどく叱られる声が聞こえて来る。顔に出したのが悪いらしいがなんなんだろうか?

 

 次に入った店は応対の者はおらず勝手に中へ入ると、ガランとした店内に

「お好きな席へどうぞ!」

と声が飛んできた。


 あたしは調理場に向かい合ったカウンター席に座る。店主はあたしをチラチラと見ていたが、

「ご注文は?」

「何がお勧め?」

「鹿肉とキノコが今の時期は美味いな。ウチでは厚焼きにしてクリームチーズ添えで出している」


 お勧めを注文して待つことしばし。


「こちらはスープです。熱いので気をつけてくださいね」


 そう言われ、エイラは慎重に皿を一段高い配膳台から手元のカウンターにおろした。

 その間に竃から店主が取り出したのだろう、深皿の蓋を開けると、パッと香ばしいチーズの匂いが部屋中に撒き散らされた。

 上に緑の濃い刻み菜を散らして

「お待ち遠さま。あとはこれにパンが付きます」

「はい、頂きます」


 そう答えはしたが目はもう肉に釘付けだ。ナイフを持ってフォークで押さえ、切り分ける。

フォークを持ち替えると一口肉を噛み締めた。

 溢れる肉汁とチーズの香り。


 食べ始めるともう止められない。小ぶりのパンまでペロリと平げ、満足して腹をさするエイラがカウンターでのけ反っていた。


 10数メニのあいだカウンターを占拠したエイラだが、店には出入りする客もなくお茶を一杯サービスで出され、店を出て来た。

 腹ごなしに少し歩こう。そうだ、荷物をねぐらに下ろして来ようか。

 となるともう少しお土産が要るかな?


 店先を眺めながら見ていくと1軒のお菓子屋さんが目に止まる。中を覗くときれいな盛り付けのふわっとしたお菓子が目を引く。

 袋詰めのものもあって種類は多い。路地裏までは歩くから、なるべく持ちやすい方がいいので、袋詰めを幾つか選んでちょっとパンパンになってしまったが、背中の袋に詰めた。


 そこで目が最初に見た飾りつけの可愛いお菓子に引き寄せられる。

 ちょっと悩んだ末に持ち帰りについて聞いてみた。貴族屋敷のメイドがよくお使いで来るらしく、数が多くても運びやすい軽い木箱を別売りで用意していた。10個単位で30個入りまであると言う。


 うちの子が5人。村長のとこは4人。

 日持ちはしなさそうだから、10個入りに可愛いのを入れてもらった。上下2段に分けて入れる縦に薄い箱は、片手で下げても足に当たりにくく運びやすい。紙で詰め物をして、型崩れしにくくしてくれたのもありがたかった。全体を薄紙で包んで埃を防ぐようにして持たせてくれた。


 慎重に街路を歩いて路地裏へ行く。柄の悪いのが(たむろ)している辺りを避け、人目から隠れたところでカイラスへ跳んだ。


 村長の炊事場でサミエラを捕まえてやくたいもない話を一言二言話した。袋の菓子と可愛い飾りつけの菓子5つ、それに石鹸3個と安い方の整髪料のひと瓶を置くと、じゃあと言ってねぐらへ跳んだ。


 ねぐらには小僧がひとり留守番をしていた。サツキは難民の世話に出ていると言うので、戻って来たら開けるように言って、竃のそばの棚にお土産を押し込んだ。

 ちょっと悩んで袋の着替えは取り出しておいた。もっとふさわしい服を手に入れよう。


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