11 ネントラーに店を出しました
登場人物
エイラ 孤児 18歳(推定)
サツキ 孤児 16歳(推定)
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11 ネントラーに店を出しました
カイラスとネントラーを中心に据えた行商を、エイラとサツキが始めて5年近くが経った。
ネントラーの町の西寄り、商店街の端の方、サツキが間口の広い店で店番をしている。周囲の家よりは古い感じで少し大きい店は、裏に馬車が入れる作りになっていて倉庫も付いていた。外から見る店内はよく整頓されていて、店先にも枯葉一枚落ちていない。
貯めた資金で店を構えたのはほんの半年ほど前のことだ。
小売よりも近隣の町村の店を相手に卸売りをしているので、サツキ一人で小僧達を使って十分回せるのだ。重量物の積み下ろしは隣が配送をやっているので、大概は一声掛ければやってくれる。
配達仕事もよく頼むので無理を聞いてもらえる、割といい関係ができていた。
今日はエイラは北の村へ偵察に行ってる。350ケラルと言えば直接の交易圏ギリギリ。馬車でも20日掛かりだ。
生に近い干し魚は普通なら絶対無理な距離だけど、エイラなら持っていくことができる。ただ大っぴらには売りに出せない。料理店の画期的な調理法とでも誤魔化さないと、騒ぎになってしまう。
先日もそんな騒ぎから殺し合いに発展したことがあった。地回りの勢力が利権の取り合いを始め、衝突したのだ。
「こんにちは。ツクラーニ村から食器と干し魚の買付に来たです。見せてもらいたいです」
「いらっしゃいませ。遠くからご苦労様です。干し魚は今ちょっと切らしてます。予定では3日後に入ることになってます。遅れることも多いですが待ちますか?食器の方は一通りの在庫があります」
サツキももう16歳。客への受け答えもしっかりしたものだ。地味な茶色のシャツに黒のズボン。紺の大きな前掛けには[エイラの店]と染め抜いてあった。
エイラが仕入れに行く予定が3日後だった。今ではカイラスの他にもう2ヶ村加工を頼んでいる村があるけれど、売れ足の方が速くていつも品薄の状態だ。
あからさまな転売をする店には卸さないのがエイラの方針で、4年の間、値上げは一切していない。
ツクラーニから来たと言う男をサツキは店へ招き入れ、倉庫へと案内した。旅の埃を被った装束を倉庫の入り口でよく払ってもらうと、中へ足を踏み入れる。
そこには大小様々な皿や汁椀、深皿、ボウルと言った石の食器達が並んでいた。所々に大きな隙間があるのは品切れになった場所だ。
5日ほど前にエイラが補充したばかりと言うのに、商品の売れ方はなかなか読めない。売れ筋というのは確かにあるので、多めに拵えてもらっているのに、こんな有様なのだ。
男は感嘆して一つ一つ商品の吟味を始めた。
「このカゴにお要り用の商品を一つずつ入れてくだされば、あとは数だけ言っていただけるとお出ししますので。奥には石を磨いた装飾品も多々ございます。必要でしたらお申し付けください」
サツキはそこまで言って、一旦下がった。倉庫には商品磨きの小僧が、何やらほかにも作業をしてチョロチョロ動いている。
店の2階に住み込みで孤児を5人引き取って、交代で細かな雑用をこなしてもらい、寝床と食事を提供しているのだ。小遣いだって渡しているし、将来に備えた積み立てもさせている。小僧達には倉庫ではそうした作業をしながら、お客さんの不審な動きを見てもらっているのだ。
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「今日の来客は3人、配送は馬車2台だったよ。深皿の15セロと汁椀の8セロが売り切れちゃった。お魚の注文が80キル入ってる。これで次の仕入れの半分は、行き先が決まっちゃったよ」
夕飯時に戻ったエイラに、売れた商品や注文の報告をサツキがしている。二人は共同経営者だ。エイラが外回り、サツキは店を守るのが大きな役割分担になる。
「あたしの方は、あの村の調査が結構進んでる。毛皮や干し肉加工、キビの買付ができそうだよ。畑は増やしてもらわないといけないんだけどね」
「それは仕方ないよ。今までご近所でしか回ってないんだから」
エイラは転移での輸送、こう言った偵察の合間に、カイラスからの遠回りで物を運びにくい街道とは別に、2メル幅のそう広い道ではないが、難所の少ない道を2年がかりで開通させた。
別に作ったのは人に見られるといけないからだ。
古い街道の難所は岩場地帯であることが多いけど、エイラに掛かれば切り取りや移動は面倒ではあるものの、然して時間はかからない。
迷路のような大きな岩場の凸凹も切って均して、余分を傍に積み上げると真っ直ぐな走り易い道にできる。
岩山は斜路を作って峰に700メルくらい穴を抜いた。この山越えにはちょこちょこ暇を見つけては通って行って、1年半くらいかかった。切り取った岩は何度も持ち帰って、食器や石飾りに姿を変えて楽しんでいる。
川が2ヶ所あるのは、村なり町なりで橋を考えてもらうほかない。そこだけ遠回りだけど通るのは問題ないよね。
つい先日、お隣の運送店の手を借りて運んだ山の岩が、倉庫脇に積み上げられている。カイラスの綺麗な模様の出る岩も、もうじき運んで来れるようになるだろう。
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エイラはあちこちで模様のきれいな岩を見て歩いて集めて来るのだけど、どうしても切屑が出て勿体無いなあと思っていた。
楕円の形に切って飾り石でもいいけど、もうちょっと実用に使える物を作りたい。
テーブルの上に並べて模様を作ってみたりしているところに、サツキが鍋を持って通りかかって、何か思いついたようで下ろし場所を探し始めた。石の上なら汚れないし熱くても大丈夫だと、前に下ろさせた。
この形のまま繋がってれば、いい鍋敷きになるかな?穴を開けて紐で繋いじゃう?
この鍋敷きは、このあと半月くらいかけて形になった。石の穴の開け方が4種類あって、麻紐を穴にねじ込んで膠で固めて繋いでいくと、割と簡単に出来上がる。石の1個1個は平たく潰した形に直した。
いろんな色の石を並べて、自由に模様を作っていいと言って近所の内職にまわす。一つ作って15シルなら、他の内職よりも少し高いくらい。売り値は1枚100シルくらいかな。
今月の売り上げは100万シルに乗った。利益を計算すると30万シルは超えそうだ。
「これでまた一つ目標が達成できたね、お姉ちゃん!」
サツキが喜んだ。
「あたしはあまり道のよくない東の街道にお金をかけてみたい。向こうは気候が良くて、穀物が沢山取れるんだ」
「お姉ちゃんは道ばかり作ってない?」
「そんな事ないよ?食器だって、鍋敷きだって作ってるじゃない。でもあたしが運ぶばっかりじゃ、動かせる量は知れてるからね」
「そのおかげで町が大きくなってるって、みんなわかってるのかな?」
「どうだろね?」
そう言って二人で笑い合った。
お祝いに明日はご馳走を注文してあげようか。ご近所の内職さんも呼んで賑やかに。
みんなのおかげここまで来れたんだから。
でもエイラたちはまだこの時は気付いて無かった。北東の王国と言われる地域に飢饉が起きて、その穴を離れた土地の侵略で埋めようなんて考えの奴らがいることを。そこから放たれた密偵がこの町にも入り込んでいた。
そして町のこの店のある西側から2000人規模の軍が突然、雪崩れ込んで来るのだ。




