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1 孤児のエイラは男に襲われた

ようこそいらっしゃいました。

月のない惑星フロウラに住む女の子2人のお話です。

本日中に導入部の4話を投稿します。

        登場人物


 エイラ カントワースの孤児 10歳(推定)


 サツキ カントワースの孤児  8歳(推定)


 白髪の婆さん


 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


    1 孤児のエイラは男に襲われた


「お客さん、旅の人だろ。そこの宿に泊まっておくれよ。赤いスミレって言うんだ。夕飯がとびきり美味しいよ」


 午後も遅い時間、町に二つある門のひとつ、その側を通る旅人に声をかけている少女がいた。

 着ているものは粗末だけれど、汚れてはいない。髪も上手に纏めて見苦しい感じはしない。10歳くらいだろうか。


「お客さん、赤いスミレに泊まっておくれよ。ご飯が美味しいんだよ。部屋もきれいにしてるんだ」

「嬢ちゃん、3人だがいいかな?」

「あ、ありがとうございます。案内しますね」


 先に立って角を二つ曲がった先に「赤いスミレ」と言うおかしな名の宿はあった。

 スミレ色と言うくらいで大体は紫色の花なのに。門からは300メルほど、旅の人から見ると分かりやすいとは言えない。

 だからこそエイラの上得意の宿。呼び込みを買って出たのはエイラの目端だった。


「お客さん、3人さんいらしたよー」

「あら、エイラちゃん。ご苦労さま。お客様、こちらへどうぞ」


 あたしの案内はここでおしまい。門まで走って戻り、呼び込みを繰り返す。旅で通る人が多いとは言えない町でも宿は他にいくつかある。多くても4組案内できればいい方だ。あと1ハワーもしたら、日が暮れる。暗くならないうちに切り上げないと、自分も危ない目に合う。そう治安のいい町ではないのだ。

 それでももう一組案内できた。宿の女将から駄賃で80シルもらって急いでねぐらに帰った。


 エイラがねぐらに戻ると、妹分のサツキが待っていた。食器と言えるのか窪んだ形の板と、どこで拾ったか縁が大きく欠けたカップに一つきりの皮袋から水を注ぎ、木のナイフで硬いパンを切り分けて二人で夕食を始めた。


「えへへ、お姉ちゃん。あたしが昼間屋台で買っといた串肉があるんだ。いっしょに食べよう」


 サツキが買ったと言う、叩き売りで1本20シルの串肉を分けて食べながら、今日あったことなどを報告し合う。


 こんなに物事が順調に運ぶなんてついひと月前までは考えられなかった。



 ただでさえ暗い小屋の中は食べている間にもどんどん暗くなり、最後は手探りになってしまうのはいつものこと。とにかく並べた分をお腹に入れ、畑の手伝いで貰ったムシロを被って横になる。


 しばらく二人でおしゃべりしてやがて眠りに就いた。


   ・   ・   ・


 空が薄明るくなる頃には二人は起き出し、近くの井戸で洗い物だ。洗うのは服と体が先。町の人が出てくる前に体を拭い、ムシロを巻いて体を隠し服を洗う。今の季節はいいが寒くなると凍えそうになりながら一日交代で洗うのだ。


 汚い姿ではお駄賃仕事はさせてもらえない。これもエイラが見つけたこの世の(ことわり)だ。


 今日もこれから屋台が出る時間まで、お店を回って仕事をもらう。エイラのお得意さんは3軒。毎日何かしらの届け物はあるのでサツキと一緒に回っていく。

 今朝はヤオヤで重い野菜を町の向こう端まで運ぶ仕事を頼まれた。

 エイラは1メル半の丈夫な棒に袋詰めにした野菜を紐でぶら下げる。サツキの肩にボロムシロを畳んで置き、上の棒の端を乗せる。エイラの方は輪にした幅広の帯を肩にかけ脇に棒を抱えるように通す。荷物はエイラのすぐ後ろにぶら下げて、塩梅を確かめた。

 サツキとは背丈が違うので、こうでもしないと重い荷は運べない。


 せーので立ち上がるとエイラが歩き始めた。サツキが元気に後ろを付いて来る。店の人が心配そうに見守る中、通りを歩いて行く。途中、3回くらい休みながら、頼まれた家にたどり着いた。

 狭い町だから、荷をくすねたりすればすぐにばれて次から仕事がもらえないだけ。重い荷物はお駄賃もはずんでもらえるから、割りはいいのだ。


 午前中、4件の配達をこなし280シル貰った。そろそろ屋台が開く時間なので、屋台通りへ行くと何軒かは営業を始めていた。

 次は顔見知りの店主を探して売り子のお仕事だ。まだ少し早いので先払いで何か食べさせてもらう。この仕事も汚い(なり)では使ってもらえない。食い逃げもできるけど、明日の仕事が無くなるだけのことだ。

 そして店の売り上げが良ければお駄賃の上乗せもある。お昼時にどれだけ呼び込んで売りまくるかに掛かっている。


 サツキと二人で声を枯らして呼び込みして、材料が心細くなればエイラは肉の串打ちも手伝った。わずか2ハワー程だが売り上げは何割増しか行っただろう。店主は150シルも駄賃をはずんでくれた。よほど機嫌が良かったのだろう、こんな調子のいい日はそうあるもんじゃない。

 ほくほくで、パン屋に寄って固い黒パンを一つ買い、肉屋で干し肉を一掴み。今朝のヤオヤに寄ると果物を一つ買った。そしたらチーカンと言う、潰れて売り物にならないすっぱい果物を二つオマケしてくれた。

 夏の盛りに採れる果物でもうじき店先から無くなるはず、いいものをもらったよ。


 町の外周、スラムのとても人が住むようには見えないねぐらに戻って、歪な棚に戦利品を並べる。

 お金はいつもの隠し場所に入れ、土で埋めた上にムシロを敷き食事用の箱を置く。箱の中には、15シルのお金を葉っぱで包んで板の隙間に挟めてある。泥棒がこれで諦めてくれればいいんだけど。


 この一月、そんな割りと穏やかな毎日が続いている。



 エイラはサツキを残して門へ宿屋の呼び込みに出かけた。


 外に出ると西の空に黒い雲が渦巻いて、向こうが暗い。旅のお客さんはこう言う時ほど、宿の案内をありがたがってくれるのをエイラは知っていた。

 誰だって、雲行きがおかしければ早く屋根の下に入りたいからね。


 案の定、門のそばには空の色を気にした旅装束のお兄さん。


「お兄さん、旅の人でしょ?お宿は決めたの?赤いスミレって宿があるんだ、食事が美味しいよ?」

「ほう。近いのか?」

「うん。すぐそこだよ。3メニとかからないよ」

「そうか。では頼むとするか」

「こっちだよ」


 宿まで案内して門へ戻る。やっぱりこんな日は調子がいいよ。3組目を案内して門に戻る途中、なにかじっと見られているような感覚がある。エイラのこう言う感覚は割と当たりが多い。

 今日はこれで終いにしようか?駄賃は明日貰えばいいんだし。


 ねぐらに向かって踵を返すと路地から汚い服装(なり)の男がふらり出てきた。怪しさしかない雰囲気に一歩後退るエイラの口元に、大きな手のひらがヌッと現れ顔に覆い被さった。腹の下に太い腕が巻き付いて体が持ち上げられ、エイラの視界は真っ暗になった。


   ・   ・   ・


 頬を酷く叩かれ、気が付いたエイラは身体中に痛みを感じて呻いた。目を開けると薄暗い農具小屋らしい。目の前に男の影が二つ下卑た笑い声とともに覗き込んでいる。自分がまる裸にされていると気付き、悲鳴をあげようとする口をガッと大きな手で塞がれた。


「命が惜しけりゃ騒ぐんじゃねえ」

「ヘヘヘっ、さあ、たっぷり楽しませなっ」


 嵐のように体にのしかかる重さと、強い引き裂かれるような痛みに意識が朦朧となった。


 どのくらい経ったのだろうか、ボロを着た女が食べ物を持ってきた。

 虫食いのパンに何を煮込んだのか味も身も薄いスープ。やっとの事で半分ほど食べそのまま暗転してしまった。


 続く日も起き上がることもできず、いいように甚振られ、呻き声を上げるのがせいぜいだった。何度も意識を飛ばし、永遠の時間が過ぎたと思った頃、またあの嫌な足音が近づいて来る。


 耳を塞ぎ、隅に這いずって目を閉じ小さくなっていると、蹲っていた肩に当たる小屋の壁がドンッと震えた。ますます身を縮め、震える肩を壁に押し当てる。


 目を瞑っていても扉が開いて光が差すのが分かる。ギュッと強く瞼を閉じて固まっていると肩を揺すられた。

 触れ方がいつになく優しいと気が付くまでしばらくかかった。その間、辛抱強く干涸びたような細い手が、肩を撫でているようだった。


 耳を押さえていた手を緩めると、掠れたような高い声が話しかけていた。


「……けたよ。もう大丈夫じゃよ。安心おし。

 ロクでなしどもはワシがやっつけたよ。もう大丈夫……」


 エイラが恐る恐る顔を上げると、そこには細い白髪のお婆さんがコートを纏って立っていた。


「どれ、立てるかの?なんとまあ、年若い女子(おなご)にすることではないわい」


 エイラが汚れたムシロの下でまる裸なのを見て取ったのだろう、自分のコートを脱ぎエイラにかけながら扉を振り向くと、そこにはサツキがいた。眩しい逆光の中でも何故かそれとわかる。


「お姉ちゃーん!」


 やっぱりサツキだ。エイラの背中にしがみついて大泣きするサツキ。身体中が痛み身動きもできない中、背にサツキの温もりを感じていると、

「このサツキには聞いたが、あのねぐらに戻るのか?ワシの村で引き取っても良いのだぞ?」


 だが、エイラの意識はそこで途切れた。


「おい。しっかりせい。む、これはいかん。サツキ、ワシの村へ連れて行くぞ。おまえも来るか?」

「お姉ちゃんといっしょがいい!」

「そうか。こちらへ来て目をつぶっておれ」


   ・   ・   ・


 エイラはまたしても薄暗い小屋の中で目が覚めたと思い、身を竦ませる。が、隣にはサツキが寝ていた。薄暗いのは窓の木戸が閉まっているから。

 痛む体を起こして見回すと、粗末ではあるものの小ぎれいな室内に、固いけれどワラを詰めたようなベッド。今まで地面に破れムシロ1枚で寝ていたことを思えば、天国と言っていい。


 サツキがエイラの動きを感じて目を開けた。


「お姉ちゃん。大丈夫?痛くない?」


 返事をしようとしたけど声が出ない。黙ったまま、動かすと少し痛む腕を上げサツキの頭を撫でた。安心したようなサツキの顔を見て、笑いかける。顎も痛むので引き攣ったような笑みになってしまった。


「あのね、ここは町じゃないんだよ。お姉ちゃんは2日も寝てたんだよ?」


 小太りの女が食事を持ってくるまでエイラはサツキの話を聞いた。

 家の数は30軒ほど、ふらっと歩くだけで端から端まで回れてしまう小さな村で、あの時助けてくれたお婆さんはジーナと言うらしい。


 あの時はサツキが3日も町中をエイラを探し回って、路地で泣いているところをあのお婆さんが声をかけてくれたと言う。

 どうやったのかそれほど時間をかけずに、町外れの打ち捨てられた農具小屋を探し当て、付近にいた3人を空高く放り上げたらしい。


 エイラはずいぶんおかしな話だと思ったが黙って聞いていた。

 ともあれ持ってきてもらった食事を食べてしまおう。口の中や顎が痛んで半分も食べられなかったけど、人心地ついた。眠気が襲って来て固いベッドに横になる。



 夕方、目を開けるとサツキが薄暗い中覗き込んでいた。エイラが目を開けると喜んでテーブルまで引っ張って行く。夕飯を食べながら話の続きを聞いた。


「お婆さんがお姉ちゃんとあたしを連れてこの村にパッと来たんだよ。目を瞑れって言われたけど、あたし、薄目で見てたんだ。汚ったない小屋の中だったのに、すぐそこの家の前にいたんだ」


 何があったのだろうか、まるで要領を得ない。サツキはここが町ではないと言っていたのを思い出す。30軒ほどしか家がなく、小さな村だと。

 村の名はサイナスだそうで、西には木や草のロクに生えていない山、南には川、北は畑、そして東は木がポツリポツリ生えた丈の高い草地。

 草の踏み分け道の先に滝があって、岩場を下まで降りる道があったと言う。


 その晩、何日ぶりかでサツキに連れ添われ、おしっこに行った。足を開いてしゃがむと股に激痛が走る。エイラは涙を流し悲鳴を噛み殺して用を終えた。


 それだけで精魂尽き果てたエイラは、泥のような眠りに引き込まれてしまった。


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