第十九章:Go Hard Or Go Home/01
第十九章:Go Hard Or Go Home
運が良いことに、エレヴェーターの内何台かは最上階で停まっていた。
レイラと憐はそれに飛び乗り、最上階の二五階フロアから一気に地下駐車場まで降りていく。
「……! レイラっ!」
「分かってる……!」
そうして地下駐車場に辿り着き、エレヴェーターの自動ドアが開くと。すると地下駐車場の中、全速力で走って逃げるエディの背中が、丁度二人の視界に映っていた。
逃げるエディの姿を見た瞬間、レイラはアークライトを構えて彼を撃とうとする。
だが――――。
「レイラっ!」
寸前のところで憐は叫び、力任せに彼女の身体を壁際へと押し退けた。
すると――――今までレイラが立っていた場所に、何処からか銃撃が押し寄せてくる。
振り向いたエディのP7から放たれた銃撃と、そして彼が呼び寄せていた、二名ばかしの私兵の攻撃だった。
焦るあまり、レイラはその気配を察知できていなかったのだ。それに憐は気が付き……危ないと思い、彼女を押し退けて銃撃から庇ってみせた、というワケだ。
「この……っ!!」
レイラを庇った憐はそのままワルサーPPKを構え、躊躇なく引鉄を引く。
タンッ、タンッと軽い銃声とともにスライドが激しく前後し、蹴り出されるのは熱い空薬莢。
そんな金色の空薬莢が憐の足元に落ちる頃……彼の撃ち放った三二ACP弾は、一番手近な位置に立っていた私兵の眉間を見事にブチ抜いていた。
「借りは返すわ……!!」
そうして憐が射殺した一人がバタンと倒れる頃、レイラは即座にアークライトを発砲し、残る一人の眉間を二発同時のダブルタップで撃ち抜いて始末してみせた。
ひとまず、これで脅威は消えた。エディとは距離が離れてしまったが……上出来だ。
「……ありがとう憐、助かったわ」
レイラは自分を庇ってくれた憐を見下ろし、彼にそっと微笑みかける。
すると憐は「急ぎましょう!」と言って彼女の手を引くから、レイラも「……ええ!」と強く頷き返し、彼とともにエレヴェーターを飛び出していく。
広大な地下駐車場の中、追う二人と追われる一人の忙しない足音が木霊する。
「くそっ! 来るな、来るなっ!!」
後ろに向かってあてずっぽうにP7を撃つエディの銃声が、コンクリート打ちっ放しの地下駐車場の壁に激しく反響する。
だが、そんな適当な狙いで当たるはずもない。レイラは追いかけながら狙い澄ますと、エディのP7……その左手側の一挺を撃ち抜き、見事に破壊してやった。
「ああクソ、なんでこんなことに……!」
側面を三八スーパー弾でブチ抜かれ、使い物にならなくなった左手のP7。
それを投げ捨てながら、エディは青ざめた顔で毒づき……そのまま近くにある自前のスーパーカーに飛び乗った。
二〇二一年式、真っ赤なフェラーリ・812スーパーファストだ。
世界最高峰のスーパーカー、イタリアの生み出した高貴にして獰猛な跳ね馬。自身の愛車であるそのフェラーリに飛び乗ると、エディは即座にエンジンを始動させて地下駐車場を飛び出していく。
「行かせない……!」
逃げていくエディと、彼の駆るフェラーリ。
それに対し、レイラはアークライトを連射して止めようとするが……しかし上手く避けられてしまい、止められないまま。そのままエディの真っ赤なフェラーリは彼女の視界から猛スピードで消えていってしまう。
「逃げられた……!」
「まだです、まだミリアさんが貸してくれた車があります!」
「……ええ、そうね!」
エディを逃がしてしまったことを悔いながら、レイラは傍らの憐に頷き返し。懐から取り出したシボレーのスマートキー、ミリアから預かったそれの開錠ボタンをグッと押し込む。
すると、彼女たちのすぐ傍。停まっていた黄色のアメリカン・スポーツがピッピッという音ともにハザードランプを明滅させ、反応を示してくれた。
レイラと憐は頷き合い、その車にバッと飛び乗る。
――――二〇一九年式、C7型シボレー・コルベット・スティングレイZR1。
どうやらこれが、ミリアが乗り回していた車らしい。二ドア二シーターのマッチョなアメ車、いかにも彼女らしい選択ではないか。
長大なボンネットの下に秘めているのはV8エンジン。排気量六・二リッター、OHV形式でスーパーチャーチャー過給機付きのLT5エンジンだ。
その超巨大でパワフルなエンジンが生み出すパワーはおよそ七二五馬力。それを受け止めるのは八段刻みのオートマチック・ギアボックスだ。アメ車だから当然左ハンドル仕様で、そのルックスも、秘めたパワーも……何もかもがZR1の名に、最強のコルベットに与えられる称号に相応しい。
そんなミリアのC7コルベットに飛び乗ると、即座にレイラはエンジンを始動。重い振動とともにボンネットの下で巨大なV8エンジンが獰猛な唸り声を上げて目を覚ませば、暖機の時間も待たぬままにギアを入れ、急発進させる。
後輪をギャァァッと盛大に空転させながら、駐車スペースを一気に飛び出すコルベット。
レイラは巧みな操縦でそれを操り、地下駐車場の中を猛スピードで駆け抜けると……地上へと続く緩やかなスロープを派手に横滑りしながら抜け、紅白のバーで仕切られたゲートを軽々と突き破り。そのまま軽くジャンプしつつ、真夜中の公道へと繰り出していく。
「憐、さっきのフェラーリは見える!?」
「……見える範囲には居ません!」
「マズいわね、このままだと逃げられる……!」
だが、飛び出した先の公道にはもう、エディのフェラーリの姿はなかった。
奴は何処へ行ったのか、何処へ行こうとしているのか。
そんなもの、分かれば最初から苦労はしない。
だが追わねばならない相手だ。エディ・フォーサイスは必ず追い詰めなければならない。
レイラが焦燥感に駆られ、焦っていると――――すると、二人が耳に嵌めたインカムに、聞こえるはずのない第三者の声が聞こえてきた。
『――――やあレイラ、聞こえるかい?』
透き通るその声は、少女のようにあどけない声だった。
レイラにとっては聞き覚えのある、しかし憐は一度として聞いたことのないその声。憐は誰か分からなかったが……しかし、レイラにはその声の主が誰なのか、第一声で既に分かっていた。
「ミリィ・レイス……!? どうして貴女が!?」
インカムの向こう、無線越しにフッと不敵に笑む彼女の名は――――ミリィ・レイス。
レイラが以前から懇意にしていた情報屋の少女、今回も鏑木経由で情報を提供してくれたり、作戦車のクイックデリバリーを寄こしてくれたりと、何かと世話になっていた彼女。声の主はそんな……電子戦のプロフェッショナル、ウィザード級のスーパーハッカーたる彼女だったのだ。
予想外の登場に驚くレイラに対し、ミリィは『なあに、ちょっと回線を拝借させて貰ったのさ』とうそぶいて、
『それより、知りたいのは奴の居場所だろう? 安心してくれ、エディ・フォーサイスの乗ったフェラーリなら僕の方でバッチリ追跡しているよ。僕がナビしてあげるから、レイラはその通りに走ってくれ。大丈夫だ、必ず追いつかせてみせる』
「……悪いわね、貴女も忙しいのに」
フッと小さく微笑んで言うレイラに、ミリィもまた小さく笑い返し。
『僕もハリーも、君には大きな借りがあるからね。それに、鏑木から聞いたよ? これが君にとって現役最後の仕事だってね。だったらこれぐらい安いモノさ。引退の花道は僕が飾ろうじゃないか。
――――さあ、行ってくれレイラ! レイラ・フェアフィールド!!』
「……恩に着るわ!」
突然現れた、予想だにしなかった最高の助っ人、ミリィ・レイス。
そんな彼女の誘導に従い、レイラは妹から預かったC7コルベットを爆走させる。
真夜中、夜明け前の街に木霊するV8エンジンの凶暴な唸り声。風を切り裂き走り抜ける黄色のボディに身を預けながら、レイラと憐は駆け抜けていく。奴を……エディ・フォーサイスを追い詰めるために。




