第十八章:Ace in the Hole
第十八章:Ace in the Hole
分厚い観音開きの扉を蹴破って、遂にレイラがリシアンサス・インターナショナル本社ビル最上階、社長室へと踏み込んだ。
広く、豪華絢爛な調度品で彩られた社長室の中には数人の護衛らしき黒服の側近たちと、そして突き当たりにある専用のデスクには――――エディ・フォーサイスが腰掛け、レイラの登場を待ち構えていた。
「邪魔よ!」
レイラが飛び込んできたのを見て、彼女を迎撃しようと懐に手を突っ込んで銃を抜こうとする護衛の黒服たち。
そんな連中をレイラはアークライトの連射で瞬時に撃ち倒すと、眉間を穿たれバタンと一斉に倒れる遺体に目もくれぬまま……バッとアークライトの銃口を眼前のエディに突き付け、椅子に腰掛けた彼に「終わりよ、エディ・フォーサイス」と冷ややかな声で告げる。
「フッ……」
だが、エディは銃口を前にしても不敵な笑みを崩さぬまま、デスクに肘を突いた両手を組み、その上に顎を置いた格好のまま……ただ、ジッと値踏みするような視線でレイラを見つめる。
「レイラさんっ!」
「おうレイラ、無事か!?」
「――――レイラっ!!」
そんな風にレイラがエディ・フォーサイスに銃口を突き付ける中、彼女の後ろからはレナードと鏑木に……そして、憐までもが追い付いてきていて。駆けてくる彼らはレイラの傍に合流すると、そのまま各々の得物をバッとエディに向けて構える。
「憐!? どうして来たの!?」
そうすれば、レイラはやって来た憐を目の当たりにした瞬間、目を丸くして驚いていた。
まさか彼がこの場に現れるなんて、思いもしていなかったのだ。
きっと憐のことだ、無茶を言って飛び出してきたのだろうが……まさか、鏑木までそれに乗っかって来るとは。彼なら憐を諫め、止めてくれるだろうと思っていたが……どうやら、違っていたらしい。
「僕たちで終わらせるんです、僕とレイラで!!」
だが、彼女の横に並び立つ憐はそう、真っ直ぐな瞳でレイラに叫び返す。
レイラはそんな彼の叫び声と、自分と一緒になって拳銃を……恭弥の形見、ワルサーPPKを構える彼の横顔を目の当たりにして。そうすればレイラは、思わず憐の横顔に、ふと師の面影を――――秋月恭弥の面影を、感じ取ってしまった。
(……似ているわね、本当に)
本当に、よく似ている。
思わず表情が綻んでしまうほどに、憐と恭弥はよく似ていた。
その立ち姿も、真っ直ぐな瞳の色も。そして何よりも、同じ拳銃を構えたその姿も……。隣に立つ憐の何もかもが、レイラの記憶の中にある秋月恭弥のものとそっくりだったのだ。
「…………ええ、そうね」
故にレイラはそっと彼に微笑みかけ、彼とともに目の前の仇敵、エディ・フォーサイスをじっと睨み付けた。
すると、エディはくくくっ、と笑い。そうすればデスクの引き出しを開け、自分の自動拳銃を取り出した。
――――H&K、P7M13。
銃把に据えられた『スクイズ・コッカー』という特殊な安全装置が特徴的な、そこそこ古いドイツ製のコンパクトな自動拳銃だ。
厳密に言えば、弾倉をダブルカーラム化して装弾数を十三発に大容量化したモデル。
P7はその特殊な機構、スクイズ・コッカーのせいで銃把を握る手に妙な力が掛かり、どうにも癖の強い……言ってしまえば扱いにくい拳銃だ。エディ・フォーサイスの得物は、そんな少しだけ風変わりな一挺だった。
「待ちかねたぞ、セカンド!」
そんなP7を抜いたエディは叫びながらバッと立ち上がると、レイラたち目掛けて拳銃をブッ放してくる。
「ッ……!」
彼が銃を抜いたのを見て、咄嗟にレイラは憐の身体を抱き締めると、彼を庇いながら、そのまま押し倒すようにバッと床に飛んだ。
今までレイラが立っていた場所を、数発の九ミリパラベラム拳銃弾が通過する。
そうして憐とともに倒れたレイラは大きな黒革のソファの陰に隠れ、レナードと鏑木はそれぞれ適当な調度品の陰に身を隠し。エディの銃撃をやり過ごしながら、隙を見て彼に向かって反撃を繰り出す。
「フハハハハ! 面白い、面白いぞセカンド! これほどまでに心躍る戦いは久方振りだ!」
自分は大きな自分用のデスクの陰に隠れながら、P7の弾倉を替えつつエディが楽しげに笑う。
「ここ最近は鉄火場とも縁が無かったのでな! 精々楽しませてくれ、セカンド!」
持っていたP7の弾倉を替え、机の裏に仕込んであったもう一挺のP7も掴み取り……二挺拳銃の格好になりながら、エディは至極楽しそうに叫ぶ。
「厄介ね……!」
そんなエディに対し、ソファの陰に隠れながら、憐の身体を左腕で抱き締めたまま……レイラは小さく毒づいていた。
――――エディ・フォーサイスは、意外に武闘派な男だ。
いつか、調査資料を持ってきた鏑木がそんなことを言っていたのを、今更になって思い出していた。
パッと見はインテリ風なやり手のビジネスマンといった感じのエディだが、それでいて結構な修羅場を潜り抜けてきているという。アメリカでは正当防衛が裁判で認められたケースが何件もあり、発覚していない撃ち合いも中々に経験してきている……。
ハッキリ言って、厄介な相手だ。
だが――――その程度の男、レイラの敵ではない。
確かに手練れは手練れなのだろうが、しかしそれは一般的に見ての話だ。レイラは仮にもペイルライダーの暗殺者として育てられた女、あの程度の男なんて片手間に捻り潰せる。
それに、今は自分ひとりじゃない。レナードも、鏑木も……そして、憐だって傍に居る。
だとすれば、あの程度の男に負ける道理なんてあるはずがない。
そう思い、レイラはバッと身を翻してソファから飛び出し、エディとの距離を一気に詰めようとした。
「っ!?」
だが、起き上がった彼女が飛び出す一瞬前――――背後の扉から、ミリアが現れていたのだ。
フラフラと覚束ない足取りで追いついてきた彼女の気配を感知し、レイラは咄嗟に身を引っ込めて彼女の方を見る。伏せる憐を再び抱き寄せて彼を庇いながら、レイラは現れたミリアに対してバッとアークライトの銃口を向けようとした。
「ミリア……」
だが――――ミリアの手に銃はなく、そしてその顔も何処かやつれているというか、気力を失った感じだった。
故にレイラは彼女に向けようとした銃口を下げ、疲れた様子のミリアをただ見つめる。
「トゥエルヴ、何をやっている! この女を……セカンドを早く殺せ!」
そうしていると、同じくミリアに気付いたらしいエディがそう、苛立った様子で彼女に叫んだ。
だが……ミリアは俯いたまま、小さくエディの方に視線を流し……疲れ切った顔と声で、自らのマスターたる彼にこう呟く。
「……もう無理だ、マスター。アタシにはもう出来ない」
ただそれだけを言って、戦おうともせずミリアは立ち尽くす。
「なんだと……!?」
そうすれば、エディは怒り半分、戸惑い半分といった調子で目を見開いていた。
「ふぅん……? そう、そういう魂胆だったのね」
レイラはそんな彼の反応を見て、エディ・フォーサイスの頭に描かれていた必勝の方程式を悟っていた。
――――言ってしまえば、エディは彼女を切り札にするつもりだったのだ。
幾らウデに覚えがあるといえ、エディ自身も自分がレイラのようなペイルライダーや、レナードみたいな超一流のスイーパーに敵うとは思っていないだろう。それぐらいの判断が出来る男ではあるはずだ。
だから……戦っていて楽しいのは本音でも、目的はあくまで時間稼ぎ。最大戦力たるミリアが追い付き、レイラたちを一網打尽にするまでの時間稼ぎだったのだ。
エディ・フォーサイスは、ミリアを切り札として逆転する腹だった。
だが――――その目論見は、ご破算になってしまったようだ。
戦意喪失したミリアを目の当たりにすれば、エディは途端に顔を青ざめさせ始める。自分が追い詰められてしまったことに、今更気が付いたといった様子だ。
「この……この役立たずがぁっ!!」
青ざめたエディは恨み節めいた捨て台詞をミリアに叫ぶと、机の裏に仕込まれていたスウィッチを押し込み……隠し扉を開いた。
社長室の壁が割れ、電動仕掛けで隠し通路へと通じる分厚い扉が開く。
そうすれば、エディはその隠し通路に向かって一目散に駆け出していった。どうやら、逃げるつもりらしい……!
「待ちなさいっ!!」
バッと立ち上がったレイラは、逃げる彼を追おうとするが……しかし銃撃はあと一歩のところで掠めてしまい、その間にも隠し通路の扉は内側から固く閉ざされ、追いつこうにも追いつけなくなってしまう。
「くっ……!」
駆けていたレイラは立ち止まり、目の前にある隠し扉をダンッと拳で叩きながら、悔しげに唇を噛む。
――――このままでは、逃げられてしまう。
どうにかして奴に追いつき、息の根を止めなければならない。その為に激戦を潜り抜けてここまでやって来たのだ。自分の現役最後の仕事を完遂する為に、ここまでやって来たはずなのだ。
この先、どうするのがベストか――――。
「――――姉さんっ!」
手詰まりに陥りかけたレイラが歯噛みをしていると、後ろからミリアの叫び声が聞こえてきた。
レイラが振り返ると、ミリアは何かを彼女目掛けて投げ渡してくる。
咄嗟にバッと左手を伸ばし、空中で掴み取るレイラ。握り締めた左手を開いてみると……そこに収まっていたのは車のキー。シボレーのロゴが刻まれたスマートキーだった。
「多分、マスターは地下の駐車場にある車で逃げる気だ。だから……アタシの車を使ってくれ」
そんなキーをレイラに投げ渡すと、ミリアは彼女にそう言う。
ミリアの突然の行動に戸惑いながら、レイラが「……良いの?」と確認するように問いかける。
「私は、貴女のマスターを殺しに行くのよ?」
「……構わねえさ」と、ミリアは疲れた顔で頷く。
「アタシはもう、トゥエルヴとして生きるのは疲れちまった。アンタの言う通り、アタシはアタシの……ミリア・ウェインライトとしての生き方を探してみようと思うよ」
続く言葉を紡ぎながら、ミリアはフッと微かに……儚くも思える笑顔を姉に、レイラに向ける。
すると、レイラはそんな彼女に「……恩に着るわ」と短く礼を言い、そっと微笑み返す。
「二人とも、この娘のことをお願い」
そうした後で鏑木とレナードにそう言い、ミリアのことを託し。するとレイラは憐の手をそっと取り、横目の視線で彼を見下ろしながら「行くわよ」とだけ言う。
「……僕も一緒で、良いんですか?」
「貴方と私、二人で終わらせるんでしょう? ――――ここまで来たのなら、最後まで付き合いなさい」
「…………はいっ!」
そうして、二人は一緒になって駆け出していく。
鏑木の、レナードの、そしてミリアの傍を通り過ぎ。社長室から飛び出して、向かう先はエレヴェーター・ホール。目的地は本社ビルの地下駐車場。倒すべき標的は……エディ・フォーサイス。
「……行ってこい、後片付けはおじさんたちに任せな」
「レイラさん、憐くん。……どうか、お二人の行く先に幸多からんことを」
「…………姉さん」
駆けていく二人の背中を、立ち尽くす鏑木とレナード、そしてミリアは静かに見送っていた。
(第十八章『Ace in the Hole』了)




