第十六章:Payback Time/01
第十六章:Payback Time
――――それから、およそ二四時間後。
レイラの自宅から遠く離れた、市街エリアの中心部にあるビジネス街。天高くそびえ立つ摩天楼が所狭しとひしめき合っているビジネス街の、静まり返った路地裏に……一台の黒いバンが静かに滑り込んでいた。
深夜のビジネス街というだけあって、路地裏にはまるで人気がない。そんな場所に滑り込んできたのは、黒いトヨタ・クイックデリバリーのバンだった。
もっと厳密に言えば、ウォークスルーバンというタイプだ。荷台の中を立ったまま歩けて、加えて運転席ともシームレスに行き来が出来るタイプの商用車だ。
路地裏にやって来た黒いそのバンは、正確に言うと積載量二トン級のクイックデリバリー200。宅配便がよく使っている……というより、元々は宅配便の為に作られた車だった。
そんなクイックデリバリーの運転席に座っているのは鏑木で、荷台にはレイラと憐、そしてレナードの姿もある。
――――実を言うと、このクイックデリバリーはただの商用車ではない。
鏑木がミリィ・レイスに……レイラたちが懇意にしている情報屋の少女に無理を言って借りてきた、特別仕様の作戦車なのだ。
故に荷台の窓は完全に塞がれていて、運転席との間も暗幕じみた黒いカーテンで仕切られている。荷台の中の様子は、車外からでは全く分からないだろう。
そんなバンの車内は――――まさに作戦車と呼ぶに相応しいほど、整えられていた。
荷台には大きなデスクと座りやすいゲーミングチェアが用意され、デスクの上には大きな液晶モニタが幾つも取り付けられている。またその下には、やはり大きなデスクトップPCの本体が置かれていた。
かなりハイスペックなそのPCは、いわゆるゲーミングPCという奴だ。
ゲーミングというと、遊び目的の用途に聞こえてしまうかもしれないが……ハイスペックな機体を求めれば、自然とゲーミングと呼ばれるタイプになってしまうのだ。何せPCの使用用途に置いて、ゲームの動作はトップクラスに負荷を掛ける行為なのだから。
作戦車に装備されているそのPCは、いわゆるミドルタワークラスの大きさだ。
マザーボードは台湾の名門ASUS社製の一級品で、CPUはAMD社製・Ryzenシリーズの最新モデル。冷却システムはポピュラーな空冷式で、メモリは四枚刺しの一二八ギガバイト容量。装備されているグラフィックボードはNVIDIA製のRTXシリーズ、こちらも最新鋭のハイパースペックモデルだ。
それ以外のパーツも一級品ばかりで……正直、これを扱う憐としてはこのまま貰って帰りたいぐらいの、喉から手が出るほど欲しいハイパースペックのマシーンだ。
どうやらミリィ・レイスが自分の手でパーツを吟味して組み立てた自作PCらしいが……なるほど、確かにウィザード級のスーパーハッカ―が使うに相応しいだけのマシーンに仕上がっている。
…………とにもかくにも、作戦車に用意されていたのは、そんなハイスペックなPCだった。少なくとも、憐の要求に応え得るだけのポテンシャルを秘めている。
「おし、着いたぜお客さん方よ」
そんな凄まじいPCを積んだ作戦車、クイックデリバリーを停めながら振り返った鏑木が、運転席から皆に言う。
すると椅子に座っていたレイラとレナードの二人はスッと立ち上がり、積んであった大きな黒いダッフルバッグを開くと……素早く身支度を整え始める。
――――まずレイラの方だが、こんな感じだ。
メインで装備するのは、新島オートで買ったHK416D自動ライフル、M203グレネード・ランチャ―付きの代物だ。六〇連発のドラムマガジンを装備し、予備で用意した普通の三〇連弾倉は、腰に着けた弾倉ポーチで携行する。
加えて、二番目の武器として用意したベネリM4自動ショットガンは……これは背中に背負うバックパック、その側面に括りつける形で持ち歩くことにした。
バックパックの中にはベネリ用の予備弾を携行する為のシェルキャリアも入れてある。プラスチック製で、使いやすい競技仕様のものだ。
また……ベネリの方には『ゴーストロード』というテクニックを使い、一発多く装填してあった。
――――ゴーストロード。
ショットガンにはチューブ弾倉から取り出した次の弾を、薬室の前まで押し上げるためのシェルキャリアという部品があるのだが……そこへ事前に弾を押し込めておいて、通常より一発多く装填しておくテクニックがある。それがゴーストロードだ。
一部のショットガンでしか出来ない技だが、幸いにしてベネリM4はこれに対応している。
やり方は簡単で、チューブ弾倉に目いっぱい詰めた後……ボルトを引き、排莢口からシェルキャリアに一発を詰める。その後で薬室にも一発込めれば、ゴーストロードの出来上がりだ。
だから、今レイラがバックパックごと背負っているベネリには、チューブ弾倉分の七発と薬室装填済みの一発、加えてゴーストロード分の一発を合わせて……合計九発のダブルオー・バックショット弾が詰まっていることになる。
便利なテクニックだが、少し手間がかかる故に戦闘中に出来ることではない。だから、初回限り一発多く持っておくための小技といったところか。
――――閑話休題。
それ以外には、当然ショルダーホルスターの左脇には愛銃アークライトと、ショートパンツのポケットにはマイクロテック・ソーコムエリートの折り畳みナイフが突っ込んである。
とにもかくにも、レイラが持ち歩く武器はそんな風な具合だった。
「…………レナード、貴方相変わらずそんなものを使っているの?」
そんな身支度を終えたレイラは、ふと隣で支度をするレナードを横目に見て……そんな彼の様子に、ため息交じりに呆れていた。
「僕にはこのスタイルが一番なんです」
ニッコリとしてそう答えるレナードだが……端的に言えば、背中に日本刀を背負っているのだ。
――――日本刀。
文字通りの日本刀、サムライソードという奴だ。
厳密に言えば、レナードのそれは伝統的な玉鋼を鍛えたものではなく……現代的な1060炭素鋼がベースで、刃先は強靭なタングステンカーバイドで構成された刀身だ。
当然、こんなものの所持許可が降りるワケもなく、存在自体が違法そのものな日本刀なのだが……まあ、銃を振り回してドンパチをしているような彼らだ。今更そんな些細なことを気にする必要もないだろう。
レナードは昔から、こういう刀の類で戦うことを得意としているのだ。更に加えて、懐には十字手裏剣と棒手裏剣まで隠し持っている始末。
「何というか……貴方って、ひょっとしてニンジャなの?」
そんなレナードの装備を見てしまえば、彼の好みを熟知しているレイラとしても……ただ、呆れ返るほかなかった。
「ふふっ、残念ながら僕はニンジャではありません。ニンジャの知り合いなら居ますが」
「……そう。ところで、拳銃もいつもの回転式?」
「勿論です」
笑顔でそう言って、レナードは懐から取り出した、銀色に光るコルト・パイソンのリヴォルヴァー拳銃をレイラに見せつける。
…………レナードの変な趣味、二つ目がこの偏執的なリヴォルヴァー信仰だ。
彼は絶対にオートマチックの拳銃を使いたがらない。どんな時も、このパイソンのような回転式拳銃しか使わないのだ。
レイラから見れば物凄く変な趣味で、理解できないことなのだが……まあ、他人の趣味にどうこう言う必要もない。
だから、レイラは相変わらずなレナードの趣味を見て、ただただ呆れ返るだけだった。
とはいえ――――変な男だとは思うが、レナードが信頼できる男であることもまた、事実だ。
彼の本領は……日本刀を背負っている辺りから察せられると思うが、接近戦にある。
だが中距離の銃撃戦もちゃんとこなせるし、長距離狙撃も……人外じみたレイラほどではないが、並みのスイーパーでは太刀打ちできないほどの腕前を有している。
だから、彼はレイラにとって数少ない、信頼して背中を預けられる一人だったのだ。
――――閑話休題。
「さてと……僕もそろそろ準備完了です」
言いながら、パイソンを懐に戻したレナードは最後によっこいしょ、と大きなマシンガンを担ぐ。
今回の殴り込みに於いて、レナードがメインウェポンとして用意したのは軽機関銃だ。
――――ミニミ・マーク3軽機関銃。
ベルギー製の傑作軽機関銃、ミニミシリーズの最新モデルだ。
このテの機関銃としては軽い方で、信頼性も高い。本来ならレイラのHK416と同じ、小口径の五・五六ミリ弾を使う機関銃なのだが……どうやらレナードのものは、より大口径で威力のある七・六二ミリ弾を撃つモデルのようだった。
下部に取り付けた弾薬箱に収納した、ベルトリンクで帯状に繋げられた弾の数は……百発以上。それだけの数を一度にバラ撒ける、実に頼もしい支援火器をレナードは用意してくれていたらしい。背中を預けるレイラとしても、これは実に頼りになる。
「…………憐、これを」
そうして二人で身支度を整えた後、さあ行こうとした矢先。レイラは作戦車のモニタの前、ゲーミングチェアに座る憐の方に歩み寄り……持っていた木箱を、そっと彼に手渡していた。
「……これは?」
差し出されたのは、横長の木箱だ。
戸惑いながら受け取る憐に、「いいから、開けてみなさい」とレイラはいつも通りの淡々とした口調で言う。
きょとんとしつつ、憐はその箱を開けてみた。
すると――――木箱の中に収められていたのは、古い小型の自動拳銃だった。
「ワルサーPPK、三二口径モデル。恭弥が……貴方の父親、秋月恭弥が生前、使っていたものよ」
「これを……父さんが?」
顔を見上げる憐に、レイラは「ええ」と短く頷き返す。
――――ワルサーPPK。
木箱の中に納まっていたその拳銃は、まさしく秋月恭弥の遺品と呼べる代物。ジェームズ・ボンドにかぶれていた恭弥が生前愛用していた、彼の形見とも呼べる一挺。レイラにとっては思い出深く、そして憐にとっては父親の残り香を感じられる、数少ない一挺だった。
「それは……憐、貴方が持っていなさい」
そんなPPKを見つめながら、戸惑いの色を隠せない憐にレイラは言う。
すると、憐はその短い言葉だけでレイラの真意を悟ったのか、「……分かりました」とだけ頷き返し。木箱から取り出したPPKを、そっとパーカーの懐に収めた。
「……それじゃあ、行きましょうか」
「はい、お供しますよ」
PPKを受け取った憐が再びモニタの方に向き直ったのを見ると、レイラとレナードの二人はクイックデリバリーの後部ドアを開け、車外へと歩き出していく。
行動開始だ。これから、敵の本拠地に――リシアンサス・インターナショナルの本社ビルに、たった二人だけで殴り込む。
「――――レイラ!」
そんな、ある意味で死地とも呼べる場所に向かうレイラ。
憐は歩いていく彼女の背中を見つめ、叫んで彼女を呼び止めた。
「…………憐」
立ち止まり、振り返るレイラ。そんな彼女の綺麗なゴールドの瞳と、自分のサファイアの瞳とで視線を交わし合いながら……憐は彼女に叫ぶ。
「必ず! ――――必ず、帰ってきてくださいっ!!」
何処か心配そうな色を隠せない、そんな顔を浮かべた憐の叫び声。
それにレイラは小さく微笑みを返すと、彼に「……ええ」と優しく頷き返し。
「――――これが、私の現役最後の仕事よ」
そう言って、今度こそレナードとともに歩き出す。
二人並んで夜道を歩きながら、左耳にそっと小振りなインカムを嵌めて。そうしながら、レイラは相棒たるレナード・マクファーレンとともに歩いていく。
向かう先は――――決戦の地、リシアンサス・インターナショナル本社ビルだ。




