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第十五章:レイラ・フェアフィールド/05

 ――――ある、仕事の最中のことだった。

 その頃、レイラは確か十六歳になったばかりだっただろうか。師とともにスイーパーとして夜の街を駆け抜け、相応に自信もついた頃。二人はある仕事を引き受けた。

 それは、とある名家のご令嬢を護衛すること。その生命(いのち)を狙われている幼い少女を守り抜くこと、それが二人の仕事だった。

 レイラは恭弥とともに、その令嬢が住む屋敷に泊まり込みで護衛に当たることになった。

 そうして、護衛依頼が始まって――二週間ぐらい経った頃だったか。二人が泊まり込む屋敷に、あろうことか武装集団が襲撃を仕掛けてきたのだ。

 レイラたちは必死に応戦し、見事にそれを退けてみせた。屋敷の中は交戦のせいで相応にボロボロになってしまったが……それでも、無事に令嬢は守り抜いたのだ。

「……もう大丈夫、何も怖くないわ」

 そうした激戦を終えた後、レイラは隠れていた令嬢の頭をそっと撫でながら、彼女に戦いは終わったと告げる。

「レイラ、まだ油断するな。本当に全ての敵を仕留めたという保証はない」

「大丈夫よ恭弥、心配しすぎ。もう全員伏せってるって、私には分かるから」

「……だとしても、油断は禁物だ」

 その頃のレイラは、自分自身の鋭い気配察知能力を(おご)っていた。

 慢心、と言い換えても良いかもしれない。歳が歳だけに仕方ないことかもしれないが……当時のレイラは、言ってしまえば自分の能力を過信していたのだ。

 だから、油断するなという師の言葉も右から左へと聞き流していた。恭弥にはこの感覚が分からないから、仕方ないと。

 だが、しかし――――その(おご)りが、取り返しのつかない結果を生んでしまう。

「う、ぐ……」

 レイラの傍に倒れていた一人は、まだ死んでいなかったのだ。

 殆ど死んでいるが、ギリギリ死んでいない。そんな死にかけの状態で、その男は震える手を伸ばし……傍に落ちていた拳銃を拾い上げる。

 そうして拾い上げた拳銃を握り締め、激しく震える手で令嬢を……そして、レイラの背中を狙ったのだ。

「っ! レイラっ!!」

 死にかけの男がレイラの背中目掛けて引鉄を引く直前、ハッと気付いた恭弥が間に割り込んでくる。

 瞬間――――部屋に木霊したのは、無煙火薬の爆ぜる乾いた音。

 その音で振り返ったレイラが目の当たりにしたのは――――胸を銃弾に穿たれ、鮮血を撒き散らしながら倒れる恭弥の姿だった。

「恭弥っ!!」

 青ざめたレイラは倒れる恭弥の身体を受け止めながら、同時に携えていたアークライトで死にかけの男を射殺する。

「恭弥っ、恭弥っ!!」

 そうして今度こそ男を冥府へと送れば、レイラは真っ青になった顔で恭弥の身体を揺さぶった。

 見ると……左胸を撃たれているのか、白いワイシャツのその辺りが真っ赤に染まっている。

 とめどなく溢れ出る赤い血液は恭弥の身体を、それを受け止めるレイラの手を汚し、床にまで滴り落ちて赤い血溜まりを形作っている。

「そんな……恭弥、ごめんなさい……! 私の、私のせいで……っ!」

 加速度的に冷たくなっていく、恭弥の身体。

 それを目の当たりにした瞬間、レイラはこれが自身の油断と慢心、その結果であると悟り……大粒の涙を流しながら、恭弥の身体を激しく揺さぶりながら彼に詫び続ける。

 すると、恭弥は青白い顔でフッと笑み。血に染まった震える右手をそっと伸ばすと……レイラの頬に触れる。

 レイラの雪のように白い肌を恭弥の指先が撫でれば、その軌跡をなぞるかのように赤い血の跡が頬に描かれていく。

「…………気にするな」

 そうしてレイラの頬を撫でながら、恭弥は短くそれだけを呟いた。

 すると、恭弥は今度は自分の左手首に手をやり……肌身離さず着けていた腕時計、銀のロレックス・サブマリーナをレイラにそっと手渡す。「お前にやるよ」と、掠れた声で言いながら。

「そんな……そんなこと言わないで! すぐ、すぐに医者を呼ぶわ! だから――――!」

 焦るレイラだったが、恭弥は彼女に向かってふるふる、と小さく首を横に振る。

 もう手遅れだということは、恭弥自身が一番よく分かっていた。そして――彼の身体を抱きかかえるレイラもまた、分かってしまっていた。

 それでも、諦められない。諦めたくない。

 でも――――こうなってしまった以上、全てが無意味だ。

「…………レイラ」

 最早泣きじゃくるしか出来なくなった彼女の頬に再び手を触れさせながら、恭弥はか細い声でレイラに囁きかける。

「お前は、生き続けろ。お前が今まで見られなかったものを見て、手に入れられなかったものを手に入れろ。お前は……生きなきゃならないんだ」

「嫌よ……嫌よ、そんなの! 恭弥が居てくれたから、私は今こうして此処に居る! 恭弥が私を拾ってくれたから、私はペイルライダーのセカンドじゃない! 貴方の……貴方のレイラ・フェアフィールドとして生きられた! 貴方の居ない世界なんて、私は……私は、そんなの嫌よ……っ!!」

 泣きわめくレイラに力なく微笑み、恭弥は「……それで、いいんだ」と彼女に囁く。

「お前は、お前自身の生き方を見つけるんだ。ペイルライダーのセカンドでもない、俺の弟子でもない……レイラ・フェアフィールドとしての、お前だけの生き方を……探してみろ」

「……出来ない、出来ないわよそんなの……今更、私だけの生き方なんて、そんなの……っ!」

「俺は……俺は結局、お前に人殺しの道を歩ませちまった。すまねえな、俺にはそれ以外出来なかったんだ」

 でもな、と恭弥は続けて、

「きっと……お前がこうして今も銃を握っていることには、意味がある……。いつか、お前を頼ってくる奴がいるかも知れない……その時は、レイラ。お前が絶対に守り抜いてくれ。今日みたいなヘマ、踏むんじゃねえぞ……?」

「分かった、分かったから! だからもう喋らないでっ!!」

 大粒の涙を流すレイラに、恭弥はフッと笑いかけ。

「ったく……ホントに、いい女に育ちやがってよ……お前に看取られるってのなら、死ぬのも案外悪くねえモンだ――――」

 ニヤリとして呟き、そのまま――――力の抜けた恭弥の手が、レイラの頬から離れ。ぱたん、と力なく床に垂れ下がった。

「恭弥……?」

 揺すってみても、声を掛けても、何も言ってくれない。

 どれだけ話しかけても、恭弥は動かない。冷たくなった身体は、ほんの二一グラムだけ軽くなった彼の身体は――――もう、二度と動くことはない。

「いや……いやぁぁぁぁぁ――――――っ!!」

 だから、響くのはレイラの悲鳴だけ。彼女の悲痛すぎる叫び声だけが、いつまでもそこに木霊していた――――。

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