第十五章:レイラ・フェアフィールド/03
そうした出逢いを経て、ミリア・ウェインライトはレイラの妹になった。
レイラは彼女と同室で過ごす日々の中、時に普通の姉妹のように仲良く接し、時に姉として厳しく彼女に技術を教えた。そんな姉妹の日々は……少なくとも、レイラにとっては幸せな日々だった。
だが――――それから数年後。レイラが『プロジェクト・ペイルライダー』二番目の成功例、セカンドとして試験的に実戦投入された後、正式にペイルライダーの暗殺者として実戦を続ける日々を送っていた時のことだ。
その頃になると、ミリアも暗殺者としての才能を発揮し始めていて、十二番目の成功例『トゥエルヴ』の称号を贈られていた。既に試験的な実戦投入も終わり、ミリアもトゥエルヴとして、レイラとともに本格的な実戦投入が控えていた――そんな時だった。
レイラに、ある男の暗殺任務が命じられたのだ。
その男というのが、秋月恭弥――――後にレイラの師匠となる、超一流のスイーパーだった。
彼は独自にこの『プロジェクト・ペイルライダー』を追っていて、それを目障りに思った研究機関に目を付けられたのだ。
その彼を暗殺するために選ばれたのが、当時ファーストと並んで最強の暗殺者と言われていたセカンド……即ち、レイラだった。
命令を受けたレイラはすぐさま日本へと飛び、恭弥に近づいた。
レイラの暗殺プランはこうだった。夜更け頃に彼の家に忍び込み、寝込みを襲って一気に仕留める……。
人間、眠っている時というのは無防備なものだ。相手は超一流のスイーパーであるが故に、かなり警戒していたレイラが選んだのは、最も確実といえるそんな方法だった。
それに、当時のレイラはまだ幼い子供だ。仮にバレてしまったとして、相手が子供となれば必然的に隙が生まれる……そう判断しての、二段構えの作戦でもあった。
日本に飛んだレイラは、早速その作戦を実行した。
深夜三時頃だっただろうか。レイラは玄関扉の鍵をピッキングで破り、静かに家の中へと侵入した。
階段を使って二階へと上がり、恭弥の寝室へと忍び込む。下調べはしていなかったが、しかしレイラの鋭すぎる気配察知能力があれば、恭弥が何処で眠っているかなんてすぐに分かった。
慎重に戸を開け、忍び込んだレイラは懐からナイフを抜き、ベッドで眠る恭弥に突き立てた。
だが――――恭弥は突然振り向くと、自分に向かって振り下ろされたそのナイフを、レイラの細腕を受け止めてみせたのだ。
「っ!?」
そのまま、レイラの視界はグルリと大きく回る。
合気道の要領で放り投げられ、床に叩き付けられたのだ。まして相手は幼い子供、体重の軽い相手となれば、寝ている体勢からでも余裕だっただろう。
「くっ……!」
そうして床に叩き付けられたレイラは即座に飛び起きると、後ろに大きく飛び退きながら予備の拳銃を抜く。
だが、同時にベッドから飛び起きた恭弥は――枕の下に隠してあった小型拳銃、ワルサーPPKを先に抜き、レイラの構えた拳銃を狙い撃ちして吹き飛ばしてしまったのだ。
「ペイルライダーの暗殺者が来るっていうから、楽しみに待ってたんだが……まさか、子供とはな」
レイラの手から拳銃が吹き飛ぶ中、恭弥は彼女に油断なくPPKの銃口を向けながらポツリ、とうそぶく。
「子供を暗殺者に仕立て上げてるってのは、本当だったってことか。全く胸糞悪い話だ、まだ十歳にもなってねえじゃねえか……」
続けて恭弥は言うと、何故かPPKの銃口をスッと下げてしまう。
そんな彼の行動があまりに不可解で、レイラは彼が標的だということも忘れて「……どういう、つもり?」と問いかけてしまった。
すると、恭弥はベッドから身を起こしながら……ニヤリとしてこう言った。
「お前はまだ子供だ、殺すのは俺の流儀に反する。それに……何よりも、お前のその眼が気に入っちまってな」
言いながら、恭弥はレイラの傍に歩み寄り。そして目線の高さを合わせるようにしゃがみ込むと、そっと彼女の頭に手を乗せた。
ゴツゴツとした、骨ばった男の手がレイラの頭に触れる。
そうして彼のゴツい手に撫でられていると……何故だかレイラは、奇妙な安心感のようなものを感じてしまっていた。
レイラがそんな風に頭を撫でられ、不思議なぐらいに自然と絆されていると――ニッと笑顔を浮かべた恭弥は、彼女に向かってこんなことを、一方的すぎるほどに告げていた。
「――――よし決めた。お前、今日から俺の弟子にしてやる」
「……何のつもり? 私は……貴方を、殺しに来たのよ?」
「さあな、その辺は俺にもよく分からん。ただ……お前なら、憐を守る騎士になれるかも知れないって思っちまってな」
「……? それって、どういう……」
――――憐を守る騎士になれるかも知れない。
その言葉の意味を、当時のレイラはまだ理解していなかった。
だから、レイラは意味が分からず首を傾げていたのだが……そんな彼女に、恭弥は「名前、聞かせてくれよ」と妙な問いを投げかけてくる。
「……名前?」
「そう、お前の名前だよ。これから俺の弟子にするんなら、当然聞いておいた方が良いだろ?」
敵であるはずの彼に、名乗る義理などありはしない。
それなのに――――レイラは自然と、本当にごく自然に名乗ってしまっていた。
「……レイラ・フェアフィールド」
「そうか、レイラか。俺は秋月恭弥だ、よろしくな――――レイラ?」
――――それが、レイラ・フェアフィールドと秋月恭弥の出会った夜の出来事で。運命の歯車が加速度的に回り始めた、最初の瞬間でもあった。




