第十四章:インター・ミッション/02
憐と二人揃って家を出たレイラが愛機アストンマーティン・V8ヴァンテージを走らせて向かった先は、案の定というべきか新島オートサービスだった。
「―――で、姐さんよ。今度は何がご入用だ?」
新島オートの地下にある隠し部屋。所狭しと武器が並べられた、まさに野蛮なおもちゃ箱といった風情のそこで、新島がレイラたちにそう問いかける。
新島は相も変わらずの作業着姿だ。オイル汚れの目立つ格好で立つ彼は、この間武器を買ったばかりなのに今度はどうするつもりだ……と言いたげな視線をレイラの方に向けている。
実際、レイラがここまでの短期間に二度も新島オートに来るのは初めてのことだった。
それだけに、新島の方も彼女がただならぬことに身を投じているのだ、と暗に察した様子だった。それが故の怪訝そうな表情で、であるが故の神妙な雰囲気だった。
レイラはそんな彼に「武器が欲しいわ」と言う。すると新島は「そりゃ分かってる。ただ……姐さん、具体的に何が欲しいんだ?」と訊き返した。
「出来たら、具体的なシチュエーションを聞かせてくれ」
「閉所で、とにかく大量の敵を相手にすることになる。持てる限りの強力な武器と弾が必要なの」
「……マジでか」
「マジよ」とレイラ。「頑丈で、正確なのが良いわ。そうね……そこの壁にあるライフルを見せて頂戴」
頷いた彼女が壁の武器ラックの方を指差しながら言うと、そっちの方に歩いて行った新島が「これか?」と一挺のライフルを手に取りながら言う。
それを見たレイラがええ、と肯定すると、新島は壁から取ったライフルを彼女に投げ渡した。
新島が投げてきたものをレイラは受け取り、サッと構えてみたりなんかして動作確認をしてみる。
「HK416D、ご存じAR‐15のお仲間だ。ドイツ製で、動作方式は普通の直噴からガスピストン式に変わってる……って、姐さんには説明するまでもねえか」
「そうね」
機関部のロックピンを外し、手早くボルトキャリアなんかを取り外して銃身を覗き込みながら、レイラは新島にコクリと頷く。
そんな風に分解して状態を検分するレイラを見つめながら、新島は「心配すんな、詰め物なんぞしちゃいない」と言った。
――――HK416D。
レイラが手にしている自動ライフルの名だ。傑作AR‐15……要は米軍のM16ライフルをベースに、ドイツの名門H&K社が改良を加えたもの。各国特殊部隊での使用例も多く、信頼の置ける一挺といえよう。
多種多様なバリエーションが存在しているHK416だが、レイラが持っているそれは公的機関用のD型。銃身長はポピュラーな十四・五インチ丈で、ライフルの上部には接近戦用のEXPS3‐0ホロサイト照準器が、ハンドガード下部にはB&T社製のM203グレネード・ランチャーが、それぞれアクセサリーレールを介して取り付けられていた。
「……ええ、悪くないわね」
「じゃあ、ソイツにするか?」
「そうさせて貰うわ。弾とマガジン、それに四〇ミリグレネードもセットで頂戴」
「分かった。マグプルの六〇連ドラムマガジンも付けといてやるよ。コイツはサービスだ」
「……ありがとう、助かるわ」
「良いってことよ、姐さんには一生かかっても返しきれないぐらいの恩がある……これぐらいはな」
ひとまず、これで一挺は決定だ。
レイラはまずこのHK416Dを貰うことにした。当然、予備弾倉と弾、加えてランチャー用のグレネード弾もセットでだ。プラスで新島はドラムマガジンもオマケしてくれるそうだ。
ドラムマガジンというのは――簡単に言えば、円筒形の大容量弾倉。通常の弾倉よりも多くの弾が装填出来て、より多くの弾を一度に撃てる便利な代物だ。とはいえ大きさが大きさだけに嵩張るから、持ち運びには不便だが。
新島がオマケしてくれたのは、正確に言えばマグプル社製のプラスチック製弾倉のP‐MAGシリーズ、六〇連ドラムマガジンD‐60だ。
とにもかくにも、一挺目はそんな風に決まった。
「それで……まだ他に必要か?」
「ええ」頷くレイラ。「これだけじゃまだ足りないわ。そうね……大きくて、大胆なのが良いわね」
「オーケィ、だったらコイツがオススメだ」
なんとも曖昧なレイラの注文に、新島はニヤリとして。そうすると自分のすぐ後ろにあったガンキャビネットから一挺、今度はショットガンを取り出した。
「ベネリM4、イタリアの傑作オートショットガンだ。アンタにゃ詳しい説明は不要だろ?」
ニヤリとして言う新島からそのショットガンを受け取り、レイラはまた弄って動作を確認する。
――――ベネリM4。
今まさに新島が言った通り、イタリア製の傑作と名高い自動ショットガンだ。
動作方式は特殊なガス圧作動方式で、ショットガンとしては一般的なチューブ弾倉。動作は確実で、数ある自動ショットガンの中でも特に信頼できる一挺といえよう。
新島が用意したものは七発チューブ弾倉、伸縮銃床モデルだ。このタイプなら銃床を縮めておけば持ち運びにも便利だから、ライフルを撃ち終わった後、これを次の武器にしよう……と考えているレイラにとっては都合がいい。
「当然、弾も必要だろうな。何が要る?」
「十二ゲージのダブルオー・バックショット、あるだけ頂戴」
レイラが注文したダブルオー・バックショット弾というのは、鹿撃ち用の散弾だ。
プラスチック製のショットシェル……薬莢の中に、大きな散弾が入っているタイプの弾。バックショット(鹿撃ち)の名の通り鹿や、その他の中型動物を狩るための弾ではあるが……対人戦用としても威力は十分で、ポピュラーな弾種なのだ。
そんなダブルオー・バックショット弾をあるだけくれと言われた新島は「分かった」と頷いた後、
「ついでだ、コイツもあるだけ持っていけ」
と、テーブルの引き出しから出したショットシェルの弾箱をドンッとレイラの前に置いた。
「これは……スラッグ?」
紙箱の中から取り出した一発を見て、レイラはきょとんと首を傾げる。
だが新島はそれに「いや、ただのスラッグじゃない」と首を横に振り、続けて彼女にこう言った。
「ソイツは特殊徹甲スラッグ弾。とにかく防弾装備をブチ抜くことだけに特化した、最強の徹甲弾だ。射程はかなり短いが、威力は抜群。例え相手がターミネーターだろうが月まで吹っ飛ぶだろうよ。射程距離はマジで短けえんだが……ま、閉所で戦うってなら問題ない」
「……どうして、そんなものを私に?」
「姐さんが相手にしてる連中ってのには、何となく心当たりがある。とにかくデカい相手なんだろ? だったら防弾装備で固めた奴と戦うのも考えられる。最近の防弾装備は進化してるからな……万が一の保険って奴だ。コイツも俺からの気持ちってことでサービスしとくよ。在庫あるだけ持って行ってくれ」
「…………助かるわ、本当に」
どうやら三島、この特殊徹甲スラッグ弾というものもサービスでレイラにくれるらしい。
――――スラッグ弾。
まずスラッグ弾というのは、ショットガン用の一粒弾だ。
普通の散弾のように飛び散らず、ドデカい一発のみがショットシェルの中に仕込まれた、大きな熊だろうがブッ飛ばす……まさに一撃必殺のリーサル・ウェポンといった趣の弾だ。
新島がサービスしてくれたこの特殊徹甲スラッグ弾というのは、そのスラッグ弾を特に対防弾装備用途に特化した形で強化した弾らしい。
射程距離を犠牲に、貫通性能を極限まで上げた一発といったところか。防弾装備で身を固めた相手への対策としては持ってこいだろう。彼の言った通り、最近の防弾装備というものはかなり進化している。念には念を入れて、転ばぬ先の杖……といったところだろうか。
レイラはそんな新島の好意に感謝しつつ、ありがたくそれを貰っておくことにした。
「で、他になんか要るのか?」
「強いて言うなら、私のアークライト用の三八スーパー弾と予備弾倉をありったけ貰えると嬉しいわ」
「あいよ」
その後、続くレイラの幾らかの追加注文を取り揃え。大変な大荷物となったそれを、新島オートの表に停めてあったレイラのアストンマーティンに憐とレイラ、そして新島の三人で協力して詰め込んでいく。
そうして大量の武器弾薬を積み終えると、新島はふぅ、と息をつき。レイラの方を見つめながら……スッと目を細めて、彼女にこう言った。
「……姐さん、戦争でもするつもりなのか?」
「そうかもね」とレイラはフッと小さく笑んで、懐から取り出したドル札の束を新島に手渡す。
今日購入した武器弾薬の代金だ。それを新島が受け取ったのを見て、レイラは「……今まで、世話になったわね」と彼に言い、憐とともにアストンマーティンに乗り込んでいく。
「姐さん……死ぬなよ」
開いた車の窓越しにそう言って、新島は彼女を見送る。
レイラはそんな風に見送る彼にフッとまた小さな笑みを向けると、最後に軽く手を振りながらこう言って――車を走らせ、新島の前から去って行った。
「――――大丈夫、そのつもりはないわ」




