第十二章:ゲッタウェイ/02
「っ……! 憐っ!!」
「レイラ……っ!!」
「うおおおおおっ!?」
「ッ――――!!」
側道から弾丸のように突っ込んでくるのは、やはり黒塗りのセダン……今度はボルボ・S60だ。
猛スピードで迫ってくる黒いボルボは、明らかにBMWの横っ腹に狙いを定めている。体当たりをするつもりらしい。
それを悟ったレイラは咄嗟に憐を自分の方へと抱き寄せ、彼を守るように両腕で強く抱き締め――その瞬間、避ける間もなくボルボが突っ込んできた。
鏑木の叫び声と、焦るレナードの息遣いが聞こえてくる。
突っ込んできたボルボの勢いに押され、BMWはズルッと横方向に大きく滑ったが……そこはレナードが上手く制御したことで、すぐにBMWは失速状態から回復し。どうにか壁やガードレールに突っ込むといった大惨事だけは避けられた。
だが、突っ込まれたBMWの左側面は大きく凹んでしまっている。丁度左側のドアの後端とボディの継ぎ目ぐらいに当たった形になるだろうか。これだけ派手にひしゃげていると……果たして助手席側のドアが上手く開くかも怪しい。
「畜生……あの野郎、まだ追ってきやがるぜ!!」
突撃は回避できなかったが、しかし最悪の事態だけは避けられた。
しかし、突っ込んできたボルボは尚もレナードのBMWを追走してくる。外れかけたフロントバンパーをブラブラさせながら、それでも猛然とした勢いで迫るボルボの姿をサイドミラー越しに見て……レナードは戦慄の声を上げていた。
「あああっ!? 僕の車にこれ以上傷を付けないでくださいっ!!」
ボルボはすぐにBMWの横に並ぶと、その大柄な胴体を使ってガンガンと体当たりを仕掛けてくる。
ただでさえBMWはボロボロなのに、これじゃあ追い打ちもいいところだ。
どんどん愛車が傷付いていくのを見て、運転席でレナードは悲鳴を上げる。その声はあまりに悲痛なもので……フレームレスの眼鏡の下、涙目にすらなっている彼の叫び声は、乗り合わせた三人全員に自然と同情の気持ちを抱かせたほどだった。
「――――しつこい男は、嫌いよ!!」
そんなズタボロのBMWの中、レイラは憐を抱いたまま右腕を伸ばし。瞬時にアークライトで狙いを定めると――体当たりを仕掛けてくるボルボ、その運転手目掛けてブッ放した。
鋭い銃声とともに放たれた三八スーパー弾が、とっくに割れていたBMWの左側ウィンドウを通り抜け……ボルボの運転席側の窓ガラスを突き破り。その向こうにあった運転手の側頭部へと……正確に言えば右耳、もっと言えば耳の穴へと正確に吸い込まれていく。
まさにブルズアイだ。シュッと閃光のような速さで耳の穴から侵入した三八スーパー弾は、鼓膜やら三半規管やらを丸ごと突き破り……そのまま脳へと到達。その勢いで以て内側から頭部をズタズタに引き裂けば、一瞬の内に運転手を即死させてしまった。
そうして息絶えた運転手は、バタンとステアリングに頭を打ち付け。そうすれば、そのままボルボは失速し……たまたま傍にあった公園へと侵入。最終的にはジャングルジムへと頭から突っ込み、爆発四散してしまった。
「我ながら……見事だったわね、今のは」
一撃で運転手を射殺し、ボルボを撃破してしまった後。ジャングルジムに突っ込んで爆発炎上するボルボの残骸を遠目に見つめながら、レイラは思わずそんなことを口にする。
「ぼ、僕の車が……僕の車がぁ……っ」
だが、そんな風にレイラが呟く中……BMWを運転するレナードといえば、涙目でうわ言のようにそんなことを繰り返し呟いていた。
何というか、確かに気の毒な話だ。
記憶が確かなら、このBMWはレナードが大事にしていた愛車だったはずだ。それも、納車されてまだ日は浅いはず。
そんな車が――――今はこの有様だ。
窓ガラスは粉々に砕け散り、ボディのあちこちは弾痕で穴ぼこだらけ。左側はドアが開くかも怪しいレベルで大きくひしゃげてしまい、正直言ってまっすぐ走れているのが奇跡のようなレベルの大惨事。
同じく車を趣味とする身なだけに、レイラも鏑木も……涙目でボロボロのBMWを走らせるレナードに対して、強い同情の気持ちを抱かずにはいられなかった。
「ま、まあ……なんだ、そう気を落とすなよ」
「気の毒だけれど、今は仕方ないわ。久城コンツェルンからたんまり報酬せしめて、それで新車を買いなさい」
だからこそ、鏑木とレイラはそれぞれレナードに慰めのような言葉を投げかける。
尤も……鏑木はともかくとして、レイラはいつもと変わらない淡々とした口調で、しかも言うことはこんな調子だ。正直言って慰めにはなっていない気がするが……これでも、彼女なりに慰めているつもりだった。
「うぅ……」
「そ、その……レナードさん、大丈夫ですか?」
「大丈夫……大丈夫だよ憐くん……うん、僕は大丈夫なはずだ……はは、はははは…………」
明らかに大丈夫ではない。…………完全に目がイッてしまっている。
とはいえ、憐もこれ以上レナードに掛ける言葉が見当たらず。何とも言えない表情を浮かべると、憐は口を噤み。そのままレイラの胸に再び身体を預けた。
「お疲れ様、貴方に怪我が無くて一安心よ。……今度こそ、追っ手は片付いたみたい」
レイラはそんな彼を静かに抱き留め、アークライトを握る右手でそっと頭を撫でてやりなんかしつつ……小さく息をつきながら、安堵した風にそう憐に語り掛ける。
「んで、逃げたは良いが肝心の行き先だよな」
そうして彼女が憐の頭を撫でていると、鏑木が今更なことを言う。
それに対してレイラは「そうね……」と少し思案した後、「仕方ないわ、私の家に行って頂戴」と続けた。
「……だ、そうだ。おいレナード、行けるか?」
「あ、はい。大丈夫です。それぐらいなら大丈夫だと思います……はい…………」
「ホントに大丈夫か……?」
意気消沈したレナードはコクリと力なく頷くと、完全に死んだ魚のような目をしたまま、ボロボロのBMWを走らせる。
行き先はレイラの自宅だ。セーフハウスを失い、他に行くアテが思いつかない以上……行き先はそこぐらいしかないだろう。
どうにか追っ手を退け、逃げ切った四人は、そうして仕方なしにレイラの自宅に逃げ延びていった。
(第十二章『ゲッタウェイ』了)




