第十章:プロジェクト・ペイルライダー/04
――――翌日、午前十時頃。
郊外に建つ広い屋敷、久城本家の二階にある執務室。そこで久城コンツェルン現総帥・久城彰隆は静かにペンを走らせ、黙々と仕事をこなしていた。
久城彰隆、七三歳の高齢ながら現役で久城コンツェルンを取り仕切っている老人だ。
髪は白髪に染まり切っていて、肌にも年相応に皺が寄っている。だが藍色の和服を見事に着こなし、寡黙に執務をこなし続けるその姿は……流石、たった一代で久城コンツェルンを今のような巨大組織にまでのし上げてきた男だけあって、その歳を感じさせないほどの威厳を秘めている。
とはいえ、寄る年波には勝てない。本来なら随分前に隠居している立場であったのだが……母親を亡くし、まだ幼い憐にまさかコンツェルンを任せるワケにもいかず。今のように総帥の立場に復帰しているのだ。
「…………」
窓からは穏やかな日差しが差し込み、外では小鳥が囁く声が聞こえる、そんな穏やかな午前。
実に平和な一日だ。しかし――久城彰隆のそんな穏やかな時間は、執務室の扉が外から突然蹴破られたことで終わりを告げていた。
「――――邪魔するわよ」
執務室の扉を豪快に蹴破ったのは、他でもないレイラ・フェアフィールドだ。
冷酷なまでに冷たい表情を浮かべ、視線だけで刺し殺せてしまいそうなほどに鋭い目付きで彰隆を射抜きながら、レイラはずかずかと執務室の中に踏み入ってくる。
「……不作法だな」
彰隆はそんな彼女を一瞥すると、しかし執務の手は止めないまま、低い声でそれだけを言う。
そうしている内に、部屋の外から飛び込んできた側近たちが――黒服の、彰隆のボディガードも兼ねる男たちがレイラを取り押さえようと、彼女に飛び掛かっていったのだが。
「退きなさい」
しかしレイラは鋭い回し蹴りを放つと、それを一蹴。派手に吹っ飛んでは壁に激突し、昏倒する側近たちを尻目に……彼女は執務室の中にズカズカと踏み込んでいくと、そのままダンッと彰隆の執務机に足を乗せる。
ナイフポケット付きの焦げ茶のハイカットブーツ、その靴底を乱暴に机に乗せると同時に、レイラは右手を懐へと閃かせ――バッと愛用の自動拳銃を、アークライトを抜き放ち。その銃口を彰隆へと向ける。
「レイラっ!」
「おいおいおいおい!? 幾らなんでもマズいだろ!?」
「ちょっ……流石にやり過ぎですよ、レイラさん!!」
そうした頃、後から追ってきた憐と鏑木、そしてレナードが執務室に入り……レイラが彰隆に銃を突き付けているのを見るや否や、それぞれそんな風に激しく狼狽する。
だが、レイラは背にした彼らの言葉には一切耳を貸さず。カチリと親指でアークライトの撃鉄を起こしながら、冷酷すぎるほどに冷え切った声で目の前の彰隆に告げる。
「…………憐が狙われている本当の理由と、そして貴方が持っている『プロジェクト・ペイルライダー』の研究データの件について、洗いざらい話して貰うわ」
「……ふむ」
今まで憐やレナード、古い付き合いの鏑木ですらもが聞いたこともないほどの冷酷さと、そして静かな怒りを秘めた声音で呟くレイラ。
しかし彰隆は――――銃口を突き付けられながらも、眉ひとつ動かさぬまま。スッと視線だけを動かし、レイラを見上げる。
流石は久城コンツェルンを一代でのし上げた男ということか。拳銃を突き付けられ、大の男ですら委縮してしまいそうなほどに鋭くレイラに睨み付けられても尚、一切動じない辺り……やはり久城彰隆は本物だ。
「…………君が、恭弥くんの言っていた弟子か」
そうしてレイラを見上げ、値踏みするような視線で彼女を暫く見つめた後。彰隆はボソリとそう言うと、やはり一切動じた様子がないままに続けてこう言う。
「……よかろう。丁度頃合いだ、君たちに全ての真実を打ち明けようではないか」




