第十章:プロジェクト・ペイルライダー/03
「……まず、ミリアの件だけれど。恐らく彼女の言うマスターというのが、例のリシアンサス・インターナショナルCEO……エディ・フォーサイスだと私は見ているわ」
「んん……? もうちょいおじさんにも分かりやすく説明してくれよ」
「言ってしまえば、彼女の雇い主……いいえ、飼い主と言った方が正しいわね。ミリアの言っていたことや、あの場に居たという事実から考えると、そうとしか思えないのよ。本来私たちペイルライダーには、その手綱を握る飼い主が……マスターが必要だから」
「つまり、その妹ちゃんのマスターってのが、例の悪徳社長だと……レイラ、お前さんはそう言いてえのか?」
確認する鏑木の言葉に、レイラは「ええ」と頷き肯定の意を返す。
すると鏑木は腕を組み、うーんと難しそうな顔をして唸る。
「だとして……解せねえな。なんでまたミリアちゃんが、あんな悪徳社長に飼われてるんだ? だってよ……『プロジェクト・ペイルライダー』はあの時」
「そう。他ならぬ恭弥が……秋月恭弥が。憐の父親が壊滅させたはずよ」
うーんと唸る鏑木と、それに淡々とした口調で答えるレイラ。
そんな二人の傍ら、突然出てきた父親の名前に憐は首を傾げ。するとレイラに「……父さんが?」と短く問うていた。
レイラはそれに「ええ」と頷き、
「暗殺者だった私が、恭弥に返り討ちに遭って……そして彼に拾われた、という話は前にしたわね?」
「あ、はい。聞いた覚えがあります」
「そうして私を拾った後、私を通してペイルライダーについて知った恭弥は……ひどく怒っていてね。子供を暗殺者に仕立て上げるなんて悪魔の所業だとかなんだとか言って、自分の手で研究機関も含めた全部を滅ぼしてしまったのよ」
「……たった一人で、ですか?」
「恭弥はそれぐらい出来てしまうほど、強いスイーパーだったということよ」
「ま、秋月の野郎の強さは規格外だったからなあ」
レイラが淡々と答え、その傍らで鏑木は懐かしそうにひとりごち。そうした後、レイラは鏑木の方に向き直ると……今度は自身の推論を、こう述べてみせる。
「その時、ペイルライダーの暗殺者たちは大半が生死不明。その生存は絶望的とされていたわ。正直、私もミリアのことは諦めていたわ。何度も恭弥に探すようお願いしたけれど、それでも見つからなかったから。
……でも、生きていた。どうやって生き延びたかは知らないけれど、ミリアだって曲がりなりにも『トゥエルヴ』の名を与えられた暗殺者よ。彼女がペイルライダーの生き残りだと、何処からか聞き付けてきたエディ・フォーサイスが彼女を拾った……といったところでしょうね」
「だから、妹ちゃんはあのアホンダラの悪徳社長をマスターだって、ねえ……あんまり気持ちのいい話じゃねえな」
「そうですね……折角また会えたのに、酷い話です」
鏑木が肩を揺らしながら言い、その横でレナードも微妙な表情で呟く。
二人のそんなやり取りを眺めつつ、レイラはコホンと咳払いをして。更なる話を続けていく。
「……で、憐が狙われている理由だけれど。それも『プロジェクト・ペイルライダー』に関係しているようなの」
「詳しく聞かせろよ、そこんトコロをよ」
「簡単に言えば、あの計画……『プロジェクト・ペイルライダー』の研究データよ」
「……馬鹿言え。ペイルライダーにまつわるデータはあの時、秋月の野郎が全部燃やし尽くしたはずだ。この世に塵ひとつ残っちゃいねえよ」
スッと目を細め、低い声で言う鏑木。
至極シリアスな口調で言う彼に対し、レイラは表情を崩さぬまま。彼の顔を見上げつつ「でも、ミリアはそう言っていたわ」と答える。
「あの娘の言葉が真実なら、たったひとつの例外があるの。『プロジェクト・ペイルライダー』の、この世に残る唯一の研究データ。それを持っているのは……久城コンツェルン総帥、久城彰隆。つまり憐、貴方のお爺ちゃんよ」
「……言っていましたね、そんなこと」
「鏑木、確か憐は人質目的で狙われていると……そうよね?」
確認するレイラの言葉に「あ、ああ」と鏑木は戸惑いを隠せない色で頷き返す。
「でもよ、ンな馬鹿なことがあってたまるかよ。なんでまた坊主の爺様が、お前さんのクライアントが……アレのデータを持ってやがんだよ!?」
「そこのところは、まだ分からないわ」とレイラ。「ただ……ミリアは嘘を言っている感じじゃなかった」
「……一応訊くが、どうして嘘じゃないと分かる?」
神妙な面持ちで問うてくる鏑木に、しかしレイラはフッと微かに笑みを浮かべ。
「だって、あの娘は昔から嘘をつくのが下手だから」
と、短くそう答えていた。
そうしてレイラが答えると、皆の間には暫しの沈黙が訪れる。
壁際にもたれ掛かるレナードと、その傍で腕組みをして唸る鏑木。何とも言えない表情で俯く憐と、静かにコーヒーカップに口を付けるレイラ。
沈黙がこの場を支配する中、皆はただただ唸っていた。この先どうするべきか、どんな手を打つべきか……その答えを、導き出そうとして。
「…………一度、直に問いただす必要があるわね」
そんな沈黙の中、飲み干したコーヒーカップをコトン、と静かにソーサーの上に置き。レイラは囁くような細い声音でポツリ、と呟いていた。
それに対し、鏑木は「誰にだよ」と怪訝そうに問いかける。
すると、レイラは彼の顔を見上げながら――至極冷たい瞳で見上げながら、静かにこう言っていた。
「誰って、決まっているじゃない。この子のお爺ちゃん……久城彰隆によ」




