第八章:宿命の姉妹/01
第八章:宿命の姉妹
――――ミリア・ウェインライト。
レイラの妹を名乗る彼女、もう二度と逢えないと思っていた彼女の銃口と……レイラの銃口とが睨み合い、二人のゴールドとエメラルドブルーの瞳とがジッと見つめ合う。
「どうして……どうしてミリア、貴女が」
暫しの沈黙の後、ミリアを前に言葉を失っていたレイラの口からやっと出てきたのは、そんな戸惑いの色を隠せない呟きだった。
「アンタを殺しに来たって、さっきも言っただろ?」
それに対し、ニヤリと不敵に笑んでミリアはそう答える。
「アタシはアタシのマスターの命令で、アンタを殺しに来た。そのついでに……そこの坊ちゃん、久城憐の身柄も頂かなきゃならないがね」
「……つまり、貴女もリシアンサス・インターナショナルに?」
「そういうことだ」とミリア。「理解が早くて助かるね、流石は姉さんだ」
「…………憐を捕まえて、どうするつもり?」
「ンだよ、アンタそんなことも知らされてねえのか?」
油断なくグロックを構えながら、目を細めたレイラが低い声で問うてみると。するとミリアはきょとんとして、素で意外そうな顔を浮かべながらそんなことを言う。
「その坊ちゃんをアタシのマスターが欲しがってんのはな、他でもねえ……アタシらペイルライダーのデータを手に入れる為だよ」
「……ッ!? まさか、まさか『プロジェクト・ペイルライダー』の……!?」
ハッとして目を見開くレイラに、ミリアは「そういうことだ」と頷いて肯定する。
「『プロジェクト・ペイルライダー』……?」
そんな中、レイラの傍らに立つ憐は聴き慣れない単語に首を傾げていたが……彼に構っている余裕も、今のレイラにはない。
憐が首を傾げる中、ミリアはレイラの後ろに隠れる彼を一瞥しつつ。続けてこんな言葉をレイラに対して紡ぎ出していた。
「お察しの通り、マスターはペイルライダーのデータを欲しがってる」
「でも、それは恭弥が……!!」
「そうだな、例の計画のデータはこの世から全部消えたはずだ。でもな姉さん……たったひとつだけ、それが残っているとしたら?」
「……まさか、憐を狙うのはその為に……?」
そうだ、とミリアが小さく頷き返す。
「坊ちゃんの爺様……久城コンツェルンのトップ、久城彰隆が持ってるんだよ。アタシたちを生み出した禁忌の計画、『プロジェクト・ペイルライダー』に関しての、この世に残る唯一の研究データをな」
――――プロジェクト・ペイルライダー。
その言葉が意味するところを、二人の話を聞く憐には未だ理解できていない。
だが……それがレイラや、そしてこのミリア・ウェインライトと深く関わっていることで。加えて、自分がそのデータの為に狙われていることと……それを持っているのは、他でもない彼の祖父。久城コンツェルンの現総帥・久城彰隆であることは彼も理解していた。
「…………事情は理解したわ」
突然飛び出した祖父の名前に、自分が狙われている理由。
それを知った憐がただただ困惑する中、レイラはコクリと小さく頷き。そしてグロックの銃把を握り直しながら、目の前のミリアを静かに睨み付ける。
「それで、ミリア……貴女はこの子をどうするつもり?」
「決まってんだろ? アンタを倒した後、アタシがマスターの元まで連れて行く」
「だったら――――!!」
――――だったら、例え貴女でも容赦はしない。
覚悟を決め、レイラがグロックの引鉄に人差し指を触れさせた時。しかしミリアは「おおっと」とおどけた調子で言うと、何故か自ら拳銃を懐に収めてしまった。
「……どういうつもり?」
今まさに自分を撃とうとしていた相手を前に、自分から銃を収める。
普通に考えれば、正気の沙汰とは思えない行動だ。だが……相手はミリア・ウェインライト、その行動には必ず意味がある。
故にレイラはグロックの引鉄を引くことはなく、しかし油断なく人差し指は添えたまま……静かに、ミリアへと問いかける。
すると、ミリアはニヤリとしながらこんなことをレイラにうそぶいてみせた。
「今すぐにでもやり合いてえ気分だが……生憎と、姉さんを決着を付けるにゃあ、此処はチョイと場所が悪すぎる。折角のお楽しみなんだ、最高のステージでやらなけりゃ……つまんねえだろ?」
心底楽しそうな笑顔を見せながらの、ミリアがうそぶいた言葉。
実に彼女らしい言葉だ。敵対する立場になってしまったといえ……彼女は、ミリア・ウェインライトは、レイラの記憶にあるままの彼女だったということか。
「……変わらないわね、そういうところ」
そんなミリアの心意気を、無碍には出来ない。
故にレイラは小さく肩を竦めながらそう言うと、自分もまたグロックの構えを解いた。
「そういうアンタも、昔のまんまだ」
ミリアもミリアで、銃を下げるレイラを見つめながら……ニッと笑み、彼女に言う。
「…………貴女との決着は、次の機会に取っておくわ」
「おうよ」
とにもかくにも、ミリアはひとまず見逃してくれるらしい。
レイラは別れの言葉代わりにそう言うと、ミリアの視線と言葉に見送られつつ……憐を連れて駆け出すと、傍にあったフェンスを飛び越えて足早に学院を脱出していく。
「じゃあな姉さん、また会おうぜ」
学院を脱出していくレイラと憐、二人の背中を見送りながら、ミリアはニヤリとして言う。
「……っと」
そうした頃、独り残されたミリアは……学院の様子が、何やら変わり始めていることに気付いた。
左耳に嵌めたインカムから部隊の状況を探ってみると、何やら別の誰かと交戦中らしい。既に連れてきた連中の六割以上がやられたそうだ。
端的に言えば、マズい状況というワケだ。どうやらレイラも手練れの仲間を応援に呼び寄せていたらしい。
それに、もうじき警察も学院で起きている事態に気が付くはずだ。もしかしたら、もう気付いているかもしれない。
とすれば――――この辺りが、退き際か。
「こりゃあ、アタシも早いとこズラからねえとな」
ミリアはそう判断すると、やれやれと肩を揺らしながら呟き。そのまま何処かに歩き出すと、この場から音もなく姿を消していた。




