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第六章:金色の乙女、郷愁は月夜の彼方に

 第六章:金色の乙女、郷愁は月夜の彼方に



 夜も更けた頃、市街エリアの中心部。天を貫かんばかりにそびえ立つ摩天楼がひしめき合う、そんな中心街の一角に高層ビジネスビルがある。

 ここ数年で急成長を遂げた外資系の貿易企業、リシアンサス・インターナショナルの本社ビルだ。

 そんな本社ビルの最上階にある社長室。応接間を兼ねているが故の絢爛豪華な調度品に彩られた空間の中、窓際にある自分のデスクに腰掛けながら――同社のCEO、エディ・フォーサイスは目の前に立つ部下の報告に静かに耳を傾けていた。

 ――――エディ・フォーサイス。

 アメリカ人の男だ。年齢は四二歳、背丈は一七八センチ。整えた金髪に白い肌、そしてフレームレスの細い眼鏡越しに覗く青い瞳といった目立つ容姿の男だった。身に纏う服装も真っ白いテーラードスーツで、何というか自己主張の強い男らしい。

 そんな彼は、今まさに目の前に立つ部下の報告を聞いている最中だった。

「ふむ……狙撃による暗殺か」

 デスクの上に肘を突いた両手を組みながら、エディが物憂げに唸る。

 それに対して、彼の目の前に立つ部下の男は「はい」と肯定し、

「使用されたのは三〇八口径のライフル弾、犯人は未だ特定できていません。警察の方には手を回し、黙らせておきましたが……宜しかったのですか?」

「構わんよ。このタイミングで、しかも我が社の幹部をピンポイントで狙っての暗殺だ。誰が何のためにやったのかは、おおよそ見当がついている」

 ニヤリとするエディの言葉に「……左様ですか」と部下の男は返し。その後である物をエディに差し出しながら、続けてこう言った。

「それと……狙撃場所と思しき場所で、こんなものを回収したのですが」

 部下が差し出してきたのは、透明なポチ袋に収められた紙切れと……ライフル弾の空薬莢だった。

 エディはふむ、と唸り、受け取ったそれの中身を検める。折り畳まれた紙切れに記されているメッセージを読むと、エディはまた「ふうむ……」と悩ましげな唸り声を上げていた。

「やはり、これは奴の仕業か?」

 そうして紙切れのメッセージから視線を上げれば、今度は目の前の――デスクの真正面にある、応接用のソファの方に視線を流しながらエディは言った。

 その応接用のソファ、黒い革張りのソファには金髪の乙女が腕と足を組んだ格好で腰掛けていて。今の今まで、エディと部下の話に黙って聞き耳を立てていた。

 すると――その乙女、ミリア・ウェインライトは閉じていた瞼を片目だけ開けると、声を掛けてきたエディと横目で視線を交わし合いつつ。低くした声で静かにこう答えてみせる。

「ほぼ間違いねえよ。必要な相手には、わざと痕跡を残して警告する。アイツが本気で仕留めるなら、痕跡ひとつ残さないはずだ」

「だとすれば……やはりこれは奴の、レイラ・フェアフィールドから我々への警告というワケか」

 唸るエディに「多分な」とぶっきらぼうに返しつつ、ミリアは目の前のテーブルにあるコーヒーカップを手に取り、すっかり冷めてしまった珈琲を飲む。

「姉さんらしいやり方だ、昔から何も変わっていない。……あの頃から、何も」

 そうしてミリアはコーヒーカップを片手に、スッと目を細めながら……そう、呟いていた。

 ――――ミリア・ウェインライト。

 レイラのことを『姉さん』と呼んでいた彼女は、レイラと深い因縁のある乙女だった。

 歳はレイラと同じ二三歳、背丈は彼女よりも低い一六七センチ。脚の長いスラっとしたモデル体型で、数値的には上から八三・五四・八〇といった恵まれた体型の乙女だ。

 月明かりのように綺麗な金色の髪は、腰まで届く長いポニーテールに結っている。真っ白い肌に、切れ長の瞳はエメラルドブルー。その格好こそ、白いTシャツの上から真っ赤な革ジャケットを羽織り、下はジーンズにコンバット・ブーツといった具合のワイルドなものだったが……しかしその顔立ちは、街を歩けば誰もが振り返るほどに可憐なものだった。

「……なるほど」

 エディはそんなミリアを一瞥しつつ、デスクの傍らに放ってあった茶封筒を手に取り。そこに収められていた調査資料に――レイラについて調べ上げた資料に目を通し始める。

「――――レイラ・フェアフィールド、現在二三歳。英国出身で、元『プロジェクト・ペイルライダー』被験者。当時の識別コードネームは『セカンド』。一時的に行方不明になった後、現在はスイーパーとして活動していることが確認されている……か」

「……何が言いたい」

「いや、確かにお前にとっては姉のようなものだ――――なぁ、トゥエルヴ」

 ジッと睨み付けるミリアに――彼自身が『トゥエルヴ』という名で呼んだ彼女にフッと不敵な笑みを返しつつ、エディは一旦レイラの資料を脇に置き。そうすればもうひとつの茶封筒を手に取ると、今度は久城憐に関しての資料を読み始めた。

「そして――――例のターゲット、久城憐。現在十七歳で、私立八城学院は二年E組に在籍中。かの久城コンツェルンの跡継ぎたる御曹司であり、同時にIQ200の頭脳を持つ天才少年……か。

 加えてこの少年は例の護衛、レイラ・フェアフィールドの師匠だったという秋月恭弥の息子であり、そして――――」

「――――秋月恭弥の遺産、アタシらを生み出した『プロジェクト・ペイルライダー』の全てを……マスター、アンタが握るための鍵だって、そう言いたいんだろ?」

 半ばで言葉を遮るようにして、何処か不機嫌そうに――エディのことを『マスター』と呼びながら言った、ミリアの言葉。

 それに対してエディは「その通りだ、トゥエルヴ」と、実に満足げな笑みを浮かべて頷き返す。

「では、ここでひとつ我々も手を打つとしよう。……トゥエルヴ、出来るな?」

 続くエディの言葉に「当然だ」とミリアは頷き返し、

「マスターの命令なら、アタシは従う。それがアタシたちの、ペイルライダーの存在意義だからな」

 と、飲み干したコーヒーカップを静かにソーサーの上へと戻しながら、低い声で呟いていた。

 エディはそんなミリアを再び一瞥すると、傍らに放った資料に添付された写真……レイラを収めた写真に視線を流しつつ、ニヤリとしながらこんなことをひとりごちる。

「『プロジェクト・ペイルライダー』の落とし子、黙示録に刻まれし告死の騎士……フッ、それが私の手に収まるのも時間の問題だ」

 そんな風に呟き、エディ・フォーサイスが浮かべるのは――ドス黒い野望に支配された、あまりに邪悪にして不敵な笑みだった。

「トゥエルヴ、お前には私の兵を預ける。速やかにその少年を確保し、私の元に連れてこい」

「…………了解だ、マスター」

 呟き、ミリアは静かにソファから立ち上がる。

 そうして立ち上がると、彼女はジャケットの懐に右手を突っ込み、吊るしていたショルダーホルスターから一挺の自動拳銃を抜き放った。

 ――――キンバー・カスタムTLEⅡ。

 奇しくも彼女が『姉さん』と呼ぶ彼女、レイラ・フェアフィールドが使う拳銃と同じ、1911をベースとした自動拳銃だ。違いがあるとすれば、一点もののカスタムメイドであるアークライトと異なり……これは工場生産の量産品であるということぐらい。

 ミリアは懐から抜いたそんなキンバーをジッと見つめ、次にオフィスの窓越しに月夜を見上げながら……夜空の下、胸中で静かにこう呟いていた。

(レイラ・フェアフィールド……姉さん、アンタはこのアタシが、必ず)





(第六章『金色の乙女、郷愁は月夜の彼方に』了)

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