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第五章:Side Bets/05

 ――――同刻。

 久城憐が彼女の無事を祈っていたのと同じ頃、レイラ・フェアフィールドは市街エリアの中で息をひそめていた。

 彼女が居るのは、市街エリアの歓楽街から少し離れた場所にある立体駐車場。背後には乗ってきたアストンマーティンがあり、右手には真新しいスナイパーライフルの――レミントンM24‐SWSの銃把を添えている。

 レイラは立体駐車場の端、塀のように切り立つコンクリートの上に二脚(バイポッド)を立てる形で安定させ、闇夜に紛れるようにしてライフルを構えていた。

 そんな彼女の右眼に映る視界、シュミット&ベンダー製の狙撃スコープに映るのは――ネオン煌めく淫靡な歓楽街の景色と、ある男の姿だった。

「……出てきたわね」

 歓楽街の片隅、高級クラブの軒先から出てきた背広姿の男は――他でもない、あのリシアンサス・インターナショナルの幹部の立場にある重役の男だった。

 そんな彼の周りに、何名かの男たちが付き従っているのが見える。スーツジャケットの下、左脇辺りが膨らんでいる辺り……恐らくは帯銃した護衛だろう。ショルダーホルスターに差さっているのは、膨らみの具合からしてフルサイズの自動拳銃か。

 高級クラブから出てくる重役の男と、その護衛たち。レイラはその姿を――三二〇メートルほど離れた場所から見つめていた。

 狙撃としては結構な近距離だ。ましてレイラの感覚なら――――四二五〇メートルという常軌を逸した距離を平気で当ててしまう彼女の感覚からしたら、目と鼻の先もいいところ。例え目を瞑っていても命中させられるだろう。

 まして、相手が居るのは歓楽街のド真ん中。あれだけ煌々と街明かりで照らされた場所ならば、例え夜だろうと暗視スコープの類は必要ない。寧ろ却って邪魔なぐらいだ。

 そんな状況ということもあり、今宵の狙撃はレイラにとってあまりに簡単なものだった。

「……もしかすると、貴方に罪は無いのかも知れない」

 呟きながら、レイラは親指でそっとレミントンの安全装置を解除する。

「でも、貴方の死が必要なの。これは警告。無益な争いを避けるための……これは、警告なのよ」

 スコープの内側に切られた十字のレティクル、照準線のド真ん中に男の頭を合わせた。

「許しを乞おうとは思わない。ただ……ごめんなさい、とだけ詫びておくわ」

 既に初弾は装填されている、ボルトを引く必要もない。

 ほっそりとした長い右人差し指が、そっとレミントンの引鉄に触れる。

「だから――――せめて、楽に終わらせてあげる」

 そのまま、レイラは引鉄を絞った。

 ――――無慈悲なまでに乾いた銃声が、深夜の街に木霊する。

 そんな銃声が響いたのとほぼ同時に、スコープを見つめるレイラの視界の中……幹部の男は側頭部から殴られるようにしてバタンと倒れると、そのまま動かなくなった。

 周りの男たちが呆気に取られた時間は、何秒ぐらいだっただろうか。

 ハッと我に返った護衛たちは男が狙撃されたと知ると、拳銃片手になんだなんだと騒ぎ出すが……しかし、今更何をやっても手遅れだ。

「これで、おしまい」

 レイラは呟くと、カシャンとボルトを引き。排出された熱い空薬莢をパッと空中で掴み取る。

 そうすればレイラは用の済んだレミントンをさっさとソフトケースに詰め、後ろに停めておいたアストンマーティンのトランクルームに放り込み。最後に懐から取り出した紙切れを立体駐車場の出っ張りに置き、その上に今の空薬莢をそっと置く。

 まるでペーパーウェイトのように紙切れの上に鎮座する、真鍮製の輝かしい空薬莢。

 それを一瞥したレイラはアストンマーティンに乗り込むと、すぐに立体駐車場を去って行く。

 遠くの歓楽街から悲鳴が聞こえてくる中、しかし既にこの場に人影はなく。意図的に残された痕跡、紙切れと空薬莢だけが、この場で何が起こったかを静かに物語っていた…………。





(第五章『Side Bets』了)

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