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第五章:Side Bets/02

 憐が連れて行かれた先は、言ってしまえば射撃練習場だった。

 五メートルの距離が取られたシューティング・レンジだ。手前にはデスクがあり、仕切りを使って一定間隔に射撃ブースが作られている。天井からはターゲットペーパーを吊るすクリップが伸びていて、電動式で前後に動く仕組みだ。

 そんな射撃場の中、二人はイヤーマフ――大きなヘッドフォンのような形をした耳栓だ。それを被り、射撃ブースの一角に立っていた。

「憐、確か……貴方は左利きよね?」

「えっ? あ、はい」

「だったら、銃の持ち方はこう。右手はグリップを持つ左手を包み込むように。左手にはあまり力を入れないで、右手で支えるようにしなさい」

 ブースに立つ憐の背後から覆い被さるような格好で、レイラは彼の左手にグロックを持たせ……そっと撃ち方を指南してやる。

 ――――久城憐は、左利きだ。

 憐自身はどうして知っているのか、という風な顔をしていたが、レイラは彼が学院でペンを左手で使っているのを覚えていた。他の生徒は顔と名前も未だ一致していないのが大半だが……憐のことはこの二週間、過剰なまでに注意深く観察していたのだ。

 尤も、そんな風に観察する理由は仕事半分、そしてもう半分は個人的な興味からなのだが。

 何にせよ――レイラが彼の利き手を知っていたお陰で、射撃指南は意外にスムーズに進んでいた。

「トリガーは優しく、そっと絞り込むように引きなさい」

「はっ、はいっ」

 一通り指南した後、まずは実弾を装填せずに空撃ちで感覚を覚えさせてやる。

 グロックを握る憐の構えは、標準的なアイソセレス・スタンスの構えだ。標的に対して身体を正面に向け、拳銃を持つ両手で二等辺三角形を作るような構え。

 レイラ自身は身体を僅かに斜めに構える、昔ながらのウィーバー・スタンスの方が好みだったが……憐にはこの方がやりやすいだろう、と思っての判断だった。

 とにかく、憐はそんな構えを取ると、グロックの引鉄を何度か引いてみた。

 彼が引鉄を引く度、ストライカー式の撃針がバチン、バチンと音を立てて空を切る。

 そうして空撃ちを繰り返させて、引鉄を引く感覚をある程度覚えさせた後。レイラは一度彼の手からグロックを取り上げると、今度は扱い方についての指南を始める。

「まず、グリップの底からマガジンを装填する。そうしたらスライド……そう、この部分よ。ここを引いて初弾をチャンバーに装填。そうしたら撃てるようになるわ。グロックには手動で操作する安全装置は無いから、その辺りは気にする必要は無いわよ」

「わ、分かりました」

「ここがリアサイト、こっちがフロント。リアの窪みにフロントを合わせるようにして狙いなさい」

「えっと……こう、ですか」

「そんな感じね。……よし、早速撃ってみなさい。大丈夫、後ろで私が支えていてあげるから」

「い、いきます……っ!」

 そんな風に拳銃の扱い方を教えれば、レイラは早速彼に撃ってみるよう命じた。

 反動に驚いて転ばないよう、一応後ろから背中を支えておいてやる。そうして憐はレイラに支えられながら、グロックを発砲した。

 ――――タンッ、と九ミリパラベラムの軽い銃声が木霊する。

 流石にあれだけの銃撃戦を潜り抜けた後だからか、憐は別段驚いた様子もなかった。既に銃自体も撃った経験が一応あるからか、反動にもそこまで驚いた様子もない。狙いもそれなりに正確で、五メートル向こうにあるターゲットペーパー……その中心から多少外れた辺りに着弾していた。

「素人にしては上々ね。流石は恭弥の子といった感じかしら」

 そんな彼の腕前を、レイラは素直な気持ちで褒める。

 実際――――憐は素人にしては中々に見込みがあった。

 ほんの少し教えただけに過ぎないのだが、既に憐の構えはそこそこ形になっている。狙いもまあまあ正確だし、殆どズブの素人ということを考えれば……かなり上々だ。流石はあの秋月恭弥の血を引く少年というだけのことはあるらしい。

 そう思いつつ、レイラは彼の頭をそっと撫でて褒めてやり。そうした後で、僅かな補足説明を彼に加えてやった。

「遠距離を狙うのは、そのやり方でやりなさい。ただし近距離に関しては、あまりサイトを使わずに狙うこと」

「サイト無しで狙うって、えっと……?」

「視界のエリア全体で敵を認識するの。サッと構えてすぐに撃つ。近距離ならこれでも十分に当たるし、何より早いわ」

「分かりました、覚えておきます」

「後は……そうね、敵には常に複数発を叩き込むようにしなさい。最低でも二発、連続で撃つの。相手が一発貰っただけで倒れるとは限らないから、念には念を入れてということね」

「念には念を入れて、ですか……分かりました」

「とりあえず、最初に教えておかなければならないのはこれぐらいよ。最後に貴方にお願いしたいのは、常にその銃を肌身離さず持つようにということ。暇があれば触ってみて、とにかく手に馴染ませるの。道具は手に馴染めば馴染むほど、イザという時に何も考えず使えるというものよ」

「常に持ち歩いて、暇を見て触る……分かりました、心掛けます」

「ただし、実弾は装填しないこと。もしも実際に撃って練習したければ、いつでも此処に連れてきてあげるから、その時は私に言いなさい」

 淡々とした口調で、諭すような調子で言うレイラと、それにコクリと頷き返す憐。

 そうしてレイラが初心者向けの講義を終えたところで、いつの間にか射撃場に入って来ていた新島が「姐さん、終わったかい?」と声をかけてくる。

 振り向いたレイラは「ええ」と頷き返し、「支払いよね?」と続けて彼に言う。

「お察しの通りだ。姐さんのライフルも調整が済んだところだし、そろそろお代を頂きたくてね。……っと、坊主のグロックの弾が三箱と、予備マガジン三つはサービスしとくよ」

「悪いわね」

「良いってことよ、姐さんにゃ返し切れねえぐらいの恩がある。これぐらいはさせてくれ」

「ふふっ……分かったわ、今支払う。円とドル、どっちで欲しい?」

「米ドルか?」

「当然よ」

「だったらドルで頼むわ。最近は外貨での取引が多くてな……特に米ドルは使い道が多くて、どうにも不足気味なんだわ」

 参ったような顔で言う新島に小さく微笑み返し、レイラは懐から取り出した米ドル札の束を彼に手渡す。

 すると新島は「助かるぜ、姐さん」と彼女に礼を言いつつ、枚数を数え……ピッタリ金額が揃っていることを確認すると、コクリと満足げに頷いた。

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