第四章:Guardian Angel/08
レイラがいつもの私服に着替え、憐が風呂に入っている間。今度は彼女と鏑木がソファの対面同士に腰掛け、静かに言葉を交わし合っていた。
「にしても、あの坊主よ。なーんか妙に疲れてるっぽいが……なんかあったか?」
バスルームから聞こえる微かな水音を聞き流しながら鏑木は言って、その後で「いや何かあったのは間違いねえんだが、なんつーの? 尋常じゃねえ疲れ方だぜ」と続けて言う。
それに対し、レイラは申し訳なさそうな顔を浮かべながら……彼にこう答えた。
「…………私の不手際で、彼に撃たせてしまったの。ヒトを……殺させてしまった」
「あー……なるほどなあ」
レイラの答えを聞き、全てに合点がいったという風に納得する鏑木。
「ワケも分からずあんなドンパチに巻き込まれた上、殺しの処女まで切っちまったんじゃあ、疲れもするわな」
続く鏑木の呟く言葉を聞きつつ、レイラは激しい自責の念に駆られながら……小さく、こう呟いていた。
「彼に……憐に、銃を持たせたくはなかった。彼に撃たせたくはなかった。それなのに……これは、私のミスよ。私が敵に対して妙な温情を掛けたせいで、そのせいで……私は、彼に撃たせてしまった」
彼女の呟く、懺悔にも似た言葉。それに対し鏑木は「ま、そう気にしなさんな」と言って、
「それよか、正しい使い方を覚えさせた方が良いんじゃねえか?」
と、レイラにそんな提案を投げかけていた。
「っ、それは……!」
――――鏑木の言う、正しい使い方。
それは他でもない、拳銃の使い方を……彼に、久城憐に教えた方が良いんじゃないかということだ。
それに対し、レイラは思わず逆上しそうになったが――しかし冷静になってソファに座り直す。
「ああ、そうだぜ」
鏑木はそんな彼女を見つめながら頷き、「万が一の時の為に、坊主にも護身用ぐらいは持たせといた方が良い」と、あくまで冷静な口調でレイラに言う。
「お前さんなら十分に守り切れるだろうが……念には念を、って言葉もあるだろ? 何かあってからじゃ遅いぜ」
「……ええ、そうね」
「お前さんの気持ちはわかるぜ? でもな……万が一があってからじゃ遅えよ」
「…………方針を、変える必要があるのかしら」
俯き気味に呟くレイラの言葉に、鏑木は「おう」と頷き返してみせる。
そうして頷き返した後、鏑木は続けてこんなことを口走った。あんまりにも唐突で、あんまりにも脈絡がなく……そして、あんまりにも意味不明な言葉を。
「良いこと思いついた、お前がアイツの姉ちゃんになってやればいいんじゃねえか?」
「は?」
大真面目なトーンで訊き返し、戸惑うレイラ。
物凄い真顔で訊き返してくる彼女に、鏑木はニヤニヤとしながらこう説明した。
「あの坊主……父親は元より、母親もかなり早くに亡くしてるのはお前も知ってるよな?」
「え、ええ……」
「なんつーのかな、そのせいでよ、坊主はやっぱ愛に飢えてんだ。……顔見りゃ一発で分かったよ。妙にお前さんに懐いちまってるのも納得だ」
「つまり……どういうこと?」
「護衛以外にも、お前にゃ坊主に対してやってやれることがもうひとつあるってことよ」
「だから……私に、姉になれと?」
全力で困惑するレイラに、鏑木はニヤリとしながら頷いて肯定する。
「ま、半分は冗談だ。別にマジで姉ちゃんになってやる必要はねえよ」
そうした後で鏑木は言って、続けてレイラに対してこうも続けて語り掛ける。
「ただ……お前も坊主も、決して繋がりは浅くない。お前も坊主に対して思うところがあるんだろ? 言っちまえば、秋月の忘れ形見だからな……その気持ちはお前にも分かる」
――――――だからよ。
「だからよ、お前はお前なりのやり方で、アイツに接してみたらどうだ? 戦う以外の、守る以外のやり方でもよ」
「戦う以外の、やり方。私は、私なりのやり方で……」
戸惑うレイラと、ニヤリとする鏑木。
二人がそんな言葉を交わしている内に、ガラリとバスルームの戸が開き。風呂から上がってきた憐が、さっぱりした顔でリビングルームに戻って来ていた。




