第四章:Guardian Angel/05
そうして夜は更けて、日没後。外界が夜闇に包まれた頃、久城憐はソファに腰掛けながら――対面に座る刑事、鏑木孝也と一対一で顔を突き合わせていた。
少し離れたバスルームからは微かな水音が聞こえてくる。丁度、レイラがシャワーを浴びているのだ。
だから、今この場に居るのは憐と鏑木の二人きり。そうして彼らは沈黙の中、じっと顔を突き合わせていた。
「……鏑木さん、でしたっけ」
そんな沈黙を破るかのように、ボソリと憐が呟く。
「ああ」
「鏑木さんも、父さんのこと……知ってるんですか?」
憐の問いに、鏑木は再び「ああ」と頷くことで肯定の意を返す。
「アイツと俺とは古い親友でなぁ。なんつーか、腐れ縁っつうのかなあ、こういうの。とにかく……ま、長い付き合いだったってこったよ」
「……聞かせてくれませんか、父さんのこと」
呟く憐の瞳の色から、生半可な覚悟で訊いているんじゃないってことはすぐに分かった。
自分の父親がレイラと同じ闇の拳銃稼業であることを知った上で、その上で彼は父親のことを知りたいと言っているのだ。彼の眼を見れば分かる。
「……面白い話じゃねえぞ?」
それを理解したからこそ、鏑木は敢えて確認するようなことを言う。
憐がそれに「構いません、聞かせてください」と頷くのを見て、鏑木はやれやれと肩を竦めつつ。自分が知りうる限りの彼のことを、秋月恭弥のことを憐に語り始めた。
「まず先に訊いときてえんだが……坊主よ。お前さん、秋月のことはなんて聞かされてた?」
「僕が小さい頃に、事故で亡くなったと」
「ま……そうだろうな」
鏑木は頷きながら、胸ポケットから取り出したマールボロの煙草を咥えつつ……しかし此処がレイラの家であることを思い出すと、後が怖いと思って煙草を懐に戻し。喫煙出来なかった手持ち無沙汰感に肩を竦めながら、話を続けていく。
「奴の死因は、まあさっきレイラが言ってた通りだ。経歴もその通り。だから、俺からお前さんに話してやれることは……そうだなあ、奴がどういう男で、どういう生き方をしてきた奴だったかってことぐらいか」
「……聞かせてください」
「ま、そう焦んなって。そうさな……一言で言っちまえば、秋月は強かったよ」
「強かった、ですか?」
首を傾げる憐に鏑木は「ああ」と深く頷き、
「そりゃあもう、スイーパーとしちゃ超一流だったぜ。強ええのなんのって、マジでジェームズ・ボンドもかくやってぐらいの八面六臂の大活躍だったぜ」
「そんなに、凄かったんですか?」
「スゲえなんてモンじゃねえよ。それにな……アイツ、妙なところでお人好しだったんだよ。レイラの奴を拾ったのだって、アイツなりの優しさだったんだろうよ。でなきゃ、自分を殺しに来た暗殺者のガキを拾って、わざわざ弟子になんかするか?」
「まあ……はい、そうでしょうね」
「アイツのことで話し出すと、マジでキリが無くなっちまうが……一言で言えば、真っ直ぐな男だったよ。確かにスイーパーなんざアウトローもアウトロー、はみ出し者って言われたらそれまでだが……それでも秋月の野郎は、精いっぱい真っ直ぐに生きてたぜ。ソイツは近くで見てた俺が証明してやる」
「真っ直ぐに……父さんが」
「だからよ、アイツが死んだって聞かされた時……なんだろうな、最初は現実感が無かったんだ。前々から奴には、自分に何かあったらレイラのことを頼むって言われちゃいたが……ホントにそうなっちまう奴があるかって、真っ先に覚えたのは奴への怒りだったな」
「…………」
「なんでアイツがお前の前から姿を消したのか、久城の家から去ったのか……それは俺も知らねえよ。何せ坊主っていう息子が居たこと自体、マジでつい最近知ったぐらいだからな。
ただ……秋月のことだ、きっと理由があって久城の家を離れたんだろうぜ。その理由は……多分、お前さんを守るためだ」
「僕を……守るため?」
きょとんとする憐に、鏑木は「ま、半分は俺の勝手な憶測だけどな」と付け加えた後、にひひ、と笑いながら続けて彼にこう言う。
「とにかく、アイツは真っ直ぐな男だったよ。色々と言い足りねえことは山ほどあるが……俺からお前さんに言えるのは、これぐらいだ」
そうして鏑木が憐の父親について、秋月恭弥について語り終えた時――憐はすごく複雑そうな表情を浮かべていて。そんな顔をする憐は俯きながら、ボソリとこんなことを呟いていた。
「僕は……父さんのことを、何も知らなかった。父さんは……僕を守るために」
そんな風に呟いた後、顔を上げた憐は目の前の鏑木にこんな問いを投げかける。
「でも、どうしてレイラは僕を守ってくれるんです? 僕が言うのも何ですけれど……仕事だから、ってだけじゃないと思うんです」
それに対して鏑木は「さあな」と言うと、ニヤリとしながら憐にこう言ってみせた。
「それは、レイラ本人から直接聞くこったな」




