第四章:Guardian Angel/03
「父さんが……レイラを?」
――――父が、秋月恭弥が死んだ理由は、レイラを守ったから?
当然、憐はそれを知らない。真実だとはとても思えなかった。父親がレイラと同じ拳銃稼業、スイーパーであったということだけでも信じられない話だというのに……その死因が、今目の前にいる彼女を守ったから?
嘘だと思いたかった。だが目の前に居るレイラと、そして彼女の傍らに立つ鏑木の神妙な面持ちが、それが事実であるということを暗に突き付けてくる。
「……何年か前、ある仕事の最中のことだったわ」
言葉を失う憐の、そんな彼の心情を察してか――レイラは敢えて淡々とした口調で、憐に対しての説明を続けていく。
「油断した私を庇って、恭弥は撃たれたの。……私のミスだったわ。私がまだ未熟だったから、私の注意が足りなかったから。だから……恭弥を、死なせてしまった」
「…………」
「ごめんなさい、憐。貴方には詫びても詫び切れることじゃない。それでも……言わせて頂戴」
「いえ、そんな……僕には、何も言えることなんて」
「私が貴方から父親を奪ってしまった、それは事実よ」
「でも……レイラは、僕を守ってくれました。それだけで十分です」
それに、と憐は言って、
「……それに、僕は父さんの顔も知りません。ですから……大丈夫です。レイラのその気持ちだけで、僕は大丈夫ですから」
微かな笑顔を向けながら、憐はレイラにそう言った。
そんな彼の顔を見つめながら、レイラは「……ありがとう、憐」と言い。その後で左手首に巻いていた腕時計、銀色に輝くロレックス・サブマリーナの腕時計を外すと、それをそっと憐に差し出した。
「これは、恭弥が……貴方の父親が肌身離さず着けていた時計よ。謂わば形見のようなもの。これは私なんかより……憐、貴方が持っていた方が良い」
だが、それを憐は「いえ」と首を横に振って突き返す。
「それはレイラが持っていてください。父さんとずっと一緒に居たレイラの方が、それを持っているべきだと思いますから」
「……そう。貴方がそう言うのなら」
レイラは頷くと、手元に戻したロレックスを左手首に着け直す。
そんなレイラの仕草を眺めながら、憐はふぅ、と小さく息をつくと。「……大体の事情は分かりました」と呟く。
未だ混乱はしつつも、それでもひとまずは納得してくれたらしい。
憐はもう一度小さく息をついた後、今度は鏑木の方に視線を流す。
「それで……えっと、こちらの方は?」
「おっとっと、そういや俺たち初対面だったよな。失敬失敬、おじさんとしたことがうっかりしてたぜ」
どうやら、今度は鏑木が何者かを知りたいらしい。
首を傾げる憐に言われて漸く気付いたらしく、鏑木は後頭部をボリボリと掻きながら苦笑いし、改めて彼にこう名乗り返した。
「俺は鏑木孝也ってんだ。一応はおじさん、刑事なんだけどな……レイラみたいな連中とも関わってる立場ってワケよ。スイーパーっつうのはこう、言っちまえば必要悪みたいな立場なんだが……ま、この辺は説明し出すと長くなるわな。とりあえず、レイラの昔馴染みのおっさん、とでも覚えておいてくれや」
「は、はあ……分かりました。よろしくお願いします、鏑木さん」
「おう、よろしくな坊主」
「補足だけれど、私に貴方の護衛依頼を持ち掛けてきたのも彼よ。尤も……彼はいつも通りに仲介をしただけに過ぎないのだけれど」
「そういうことだ」
にひひ、と笑う鏑木の顔を一瞥しつつ、レイラは「そういえば、何の用だったのかしら?」と今更過ぎる質問を彼に投げかける。
すると鏑木は「おう、割とマジな話があるんだ」と今になって思い出したような顔をして。それからレイラの方に向き直ると、改まった調子でこう話を切り出した。
「さっきの、セントラルタワーの件でお前に話しておかにゃならないことがあってな」




